第41話「護衛任務-10」
時間は少々遡る。
「離し……離しなさい!ゲルド!!」
ティタンの『コード2』と言う言葉と同時にメルトレスを抱え上げたゲルドは、イニムに先払いを任せ、離せと言って暴れるメルトレスを鎧と鍛え上げた肉体によって抑え込みつつ、全速力でオース山を駆け下り続けていた。
「ティタン様が付いて来ていないのよ!ティタン様を助けないと……」
「「……」」
メルトレスの言葉はゲルドの耳にもきちんと届いている。
勿論、ゲルドの少し前を駆けるイニムにもだ。
だが、二人がその歩速を緩める事は無かった。
それは二人が自分に与えられた役目……オースティア王家第三王女メルトレス・エレメー・オースティアを守護する事を理解しているだけでなく、メルトレスの為にも、ティタンの為にも自分たちが今取っているの行動こそが正解であると考えているからこそだった。
そうして、ピーコックの居る場からだいぶ離れた頃だった。
「この……降ろせと言って……」
メルトレスがゲルドの拘束から逃れようと、その身体に蹴りを入れようとした。
「キャッ!?」
「っ!?」
「えっ……あっ……!?」
それに合わせるように、メルトレスたちの背後から、激しい振動が襲い掛かった。
「ぐっ……」
「あいたぁ!?」
メルトレスの動きと予期せぬ揺れ……メルトレスたちは知らない事だが、獣がピーコックに対して突進し、地面に衝突したことによって生じた揺れとが組み合わさった結果、ゲルドは体勢を崩し、メルトレスは二人から少し離れた場所に投げ出される。
「メルトレス様!?ちょ、ゲルド!?」
「くっ……姫様!?申し訳……」
イニムとゲルドは己の役割を果たすべく、即座に体勢を立て直し、メルトレスに駆け寄ろうとする。
「っつ!?」
「メルトレス様!?」
だが、そんな二人に突き付けられたのは、メルトレスの腰に収まっていたサーベルの切っ先だった。
「近寄らないで。私はティタン様を助けに行くの」
「「……」」
剣先は揺れている。
だが、二人の目の前でゆっくりと立ち上がるメルトレスの橙色の瞳は、全く揺れておらず、真っ直ぐ、山の上の方に向かって向けられていた。
「姫様、本気ですか?」
「本気よ。だから退きなさい。ゲルド・ゴルデン」
「退けません」
「貴女は主の命に背くの?」
「主であるからこそ……いえ、仮に王命であってもこの場を退く事は出来ません」
「……」
ゲルドはメルトレスから少し距離を取ると、背負っていた盾を左手で持ち、右手は素手のまま何度か開け閉めをする。
それは、いざとなればメルトレスの事を力技で止める覚悟の表れだった。
「イニム・エスケー。貴女も杖を降ろし……いえ、その場に置きなさい」
「お断りします。私もゲルドと同じ気持ちですから。それに……」
「それに?」
「私たち三人が山を下り、生き延びる事。これこそがティタン様の望みであるはずです。メルトレス様はその事を理解していらっしゃるのですか?」
「……」
イニムはゲルドの背後で杖を両手で持つと、必要であれば何時でも紋章魔法を発動できるように姿勢と精神の状態を整える。
それは、メルトレスが一瞬でも妙な動きを取れば、即座に何かしらの拘束魔法を撃ち込める体勢でもあった。
「理解は……しているわ……」
そしてメルトレスは、二人の行動が己の役職がそうであると言うだけではなく、自分の身を案じるが故にである事も、ティタンの意思がイニムの言うとおりである事も理解していた。
それどころか、この場における最善策は三人揃ってオース山を降り、救出の為の人員にピーコックの存在とティタンが居るはずの場所を伝える事であるとも理解していた。
「でもそれでもティタン様は助けなければならないの。今すぐに、私たち三人の……いえ、私一人だけでも助けに行かなければならないの」
だが、それら全てを理解してもなお、メルトレスは今ティタンの下に向かわなければならないと感じていた。
ティタンの下に向かい、自分たちを守るために己の身を呈したティタンを助けなければならないと考えていた。
理屈ではなく、感情あるいは計り知れない何かでもって、だがこの選択こそが正しいのだと言う確信を持った状態で、この時のメルトレスは判断を下していた。
「……。申し訳ありませんが姫様。貴女の安全とティタンさんの命では、天秤は動かせません。彼に代えが居るとは言いませんが、彼の命以上に私たちにとっては貴女の安全の方が大切なのです」
「……。ゲルドの言う通りです。すみませんが、たった数度会っただけの相手を助けるために、メルトレス様を危険に晒す事は私たちには出来ません」
「……。ゲルド、イニム……どうしてもそこを退けないと言うの?これだけ言っても駄目だと言うの……?」
しかし、メルトレスの言葉はゲルドとイニムには届かなかった。
二人はメルトレスの隙を窺い、例え主を傷つけても、この場から離れ、その命を守るための行動を取ろうとしていた。
そんな時だった。
「ーーーーーーーーーーーー!!」
「「「!?」」」
羊と鼠を混ぜ合わせた様な、聞く者全てを恐怖させ、不安に駆り立てるような叫び声と共に、メルトレスの背後の斜面に何かが突き刺さり、大量の土砂と轟音と一緒に地面が激しく揺れだす。
「何がっ!?」
「『旋風結界!』」
「『盾拡大』!」
この状況の変化に、己の役目を果たすべく、イニムとゲルドは機敏に動いていた。
つまり、その場でイニムが『旋風結界』の紋章魔法を発動、軽い物体や実体を有さない攻撃に対して高い防御性能を持つ旋風の壁を黄色い光と共に三人の周囲に造り出した。
そして、それに一瞬遅れる形で、土砂とメルトレスの間に入り込んだゲルドが盾を構えた状態で『盾拡大』の紋章魔法を発動、盾の裏から鉄色の光が発せられると同時に、金属性の盾のサイズが二回りほど大きくなる。
そうして防御態勢が整った瞬間……
「ーーーーーーー!!」
再び聞こえてきた獣の鳴き声と共に、一瞬前の破壊が前触れでしか無かった事を示すような圧倒的な破壊の嵐が吹き荒れた。
「ぐっ……なんて力……」
「一体何が起きていると言うの……」
「もうこれピーコックなんて目じゃない気がするんですけど!?」
金属性の盾がきしみ、旋風の壁よりも遥かに強力な風が吹き荒れているような状態だった。
「はぁはぁ……」
だが、破壊の嵐は幸いな事に数秒ほどで収まり、ゲルドとイニムの紋章魔法もその数秒を何とか耐えきる事が出来ていた。
しかし、真の絶望は……その先に居た。
「スゥ……ーーーーーーーーーー!!」
「「「……」」」
破壊の嵐を耐えきったメルトレスたちの前には、自分たちの三倍は身の丈があろうかと言う獣……理性を失ったティタンが、口から黒い煙のような物を吐き出しつつ、メルトレスたちの事を狼の頭と蛇の尾に付いている四つの瞳で捉えた状態で佇んでいたのだった。
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