第4話「山を下りた狩人-3」
「では、試験を行うための場所に向かおうかの」
「はい」
俺と学園長は共に学園長室の外に出ると、一階を目指して、会話をしながら移動を始める。
で、その会話から分かった事だが、俺が今居る風の塔は王立オースティア魔紋学園が建造された当時の姿を残している唯一の塔であり、塔の中央にある一階から七階まで貫く吹き抜けも、各階の境界ごとに異なる位置に造られた階段も、建造当時から変わっていないらしい。
そして、このような構造になっているのは、学園が造られた当時の情勢が今ほど落ち着いたものではなく、場合によっては学園に立てこもって戦う事も想定されていたからであるらしい。
確かに昔……三百年ぐらい前までは、オースティアも戦争続きだったと聞いているし、戦いの事を考えたら、色々と都合のいい構造なのかもしれない。
「なるほど。勉強になります」
「まあ、最近は不便だの分かりづらいだの、生徒と教職員の両方から煙たがられておるがの。ほっほっほっ」
「ははは……」
そうして俺と学園長が会話をしながら四階まで降りて来て、次の三階に降りるための階段に向かうべく、他の塔に向かう連絡通路の前を通っている時だった。
「ーーーーーーー!」
「ーーーーーーー!」
「ーーーーーーー!」
「ん?」
同い年か少し下ぐらいの女性の声と人が走るような音を俺の耳は捉え、俺は思わず足を止めて、音がした方向を向く。
学園長も俺の反応を受けてか、少し進んだところで足音が止まる。
「ああもう!どうして……」
音がした方向を向いた俺は驚かざるを得なかった。
「っつ!?」
目の前に少女が居た。
短く整えられた綺麗な赤色の髪、透き通った橙色の瞳、整った顔立ち、一目見て王侯貴族……それもかなり上の方の地位にあるであろう事が想像できる少女が、魔紋学園の制服であるローブにシャツ、スカートと言う服に身を包んだ姿で、俺の目の前に居た。
いや、居るではなく、来ているだった。
「えっ!?」
俺が見とれている間にも、少女は俺に近づいていた。
どうやら、少女は風の魔法かそれに類する何かで、普通の人の数倍の速さを得ているようだった。
だが、そんな事とは関係なしに、既に俺と少女の距離は避ける事が不可能な距離にまで縮んでいた。
なにせ少女の身体から香ってくる甘い果実のような良い匂いが、俺の鼻孔を直撃するほどなのだから。
こうなれば、俺が出来る事は限られていた。
「姫様!?」
「メルトレス様!?」
「なっ……」
俺の身体と少女の身体がぶつかり始める。
皮膚から少女の柔らかい感触が伝わってくる。
が、それを味わうよりも早く、俺は衝撃を和らげるように自ら床に向かって倒れ始める。
そして、俺とぶつかった衝撃で少女が変な方向に飛んで、吹き抜けに落ちてしまわないように、少女の身体を両腕で抑え込む。
最後に、少女の身体に出来る限り負荷を与えないよう、俺が下になり、可能な限り衝撃を吸収しつつ、一緒に床に倒れ込む。
「姫様!大丈夫ですか!?」
俺と少女の下に、金髪の騎士風の少女と黒髪の魔法使いの少女が駆け寄ってくる。
が、それよりも俺は少女の方が気になったので、少女の方を向く。
しかし少女の顔は見えなかった。
俺が抱きかかえるように倒れたのだから当然ではあるのだが、少女は俺の胸に顔を埋めるような状態になっていたからだ。
「……」
「……」
と、少女がゆっくり顔を上げ、俺の方を向く。
その顔は唖然とした様子で、何が起きたのか分かっていないようだった。
が、理由は分からないが、やがてその顔は紅潮し始める。
「え、と……大丈夫ですか?」
俺は顔の紅潮を含めて不安になったので、少女に大丈夫かと問いかける。
「っつ!?」
すると少女は蛙が跳ね上がるように俺の上から飛び退き、立ち上がり、スカートの埃を払い始める。
そして、少女以外のこの場に居る全員がその様子に何かしらの不安を覚え始めそうな時だった。
「も、申し訳ありませんでした!急いでいて、前方の注意が疎かになっていましたの!あの、お怪我などは……」
「姫様!?」
「メルトレス様!?」
少女が床にぶつけるんじゃないかと言うぐらいの勢いで、頭を何度も下げ始める。
「え……と……怪我は……ないです……」
「そ、それは良かったです。ですが、今回は本当に……」
最早俺には何が起きているのかも理解出来ず、そう言う他なかった。
少女は金髪と黒髪の二人の少女が慌てた様子で止めようとするのも気にせずに、何度も俺に向かって頭を下げていたし、金髪と黒髪の少女は謝っている少女を宥めるのに必死なようだった。
学園長は……興味深そうに俺たちの様子を眺めていたが、俺の視線に気づくと静かに笑い始める。
「……」
とりあえず何時までも床に倒れていても、少女の事を不安にさせるだけだろう。
俺はそう判断するとゆっくり立ち上がる。
そして、それに合わせる様に学園長が俺たちの方に近づいてくる。
「メルトレス君」
「は、はい!」
学園長の落ち着いていると同時に、何かを諭すような雰囲気を纏った言葉に、少女が背筋を正し、他の二人も姿勢を正す。
「もう少し落ち着いて行動するように」
「は、はい!以後気をつけさせていただきます!」
「ではティタン君。儂らは行くとしようか」
「はい」
本音を言えば、下敷きにした弓の状態を確かめたい所ではあったが、この場に何時までも居ても、少女を気負わせるだけ。
俺はそう判断すると、学園長の言葉に従って三階に繋がる階段を目指して歩き始める。
少女の様子は気になるが、振り返ってはいけないと自分に言い聞かせつつ。
「ふぉっふぉっふぉっ、いやー、良いものじゃのう」
「はあ……?」
なお、学園長が楽しそうにしている理由は、一階に着いてもまるで分からなかった。
本作は単独ヒロインを予定しております