第38話「護衛任務-7」
「ク……」
「ちっ……」
ピーコックに見つかった瞬間。
俺は弓に矢をつがえていた右手を矢から外すと、無意識的に腰に着けていた『仄暗い』の巻物へと手を伸ばしていた。
「ケ……」
ピーコックが目玉のような模様が付いた尾羽と、両方の翼を俺たちに見せつける様に開く。
その姿はとても美しいものであり、ピーコックが魔獣でなければ見惚れてしまいそうな物だった。
対する俺は『仄暗い』の巻物に触れると、殆ど手首のスナップだけで巻物を前方へ……俺とピーコックの間の空間に向かって投げていた。
「『仄暗い』!」
俺自身何故このような行動をとっているのか理解は出来なかった。
ただ、狩人としての経験と、僅かとは言え学園に来てから得た魔法の知識が、反射的に腕を動かし、手を動かし、口を動かし、巻物から黒い球体を生み出して、光を弱めるための空間を俺とピーコックの間に作り出していた。
そして、その判断は正しかった。
「アアアアアァァァァァ!!」
「「「!?」」」
閃光。
ピーコックの尾羽と翼から、その嘶きと共に強烈な光が発せられ、周囲の空間を白一色に染め上げる。
その光の強烈さは、光の強さを弱める『仄暗い』の空間を通してなお太陽を直視したかのような強さだった。
もしも、直接受けていれば、少なくとも数分はマトモに見る事も動く事も出来なくなっていただろう。
それほどまでに強烈な、破壊的な光だった。
だが、ピーコックの攻撃はこれでお終いでは無かった。
「コクケアアァァ!」
ピーコックの金属のような翼が振られる。
すると翼の動きに合わせる様に、羽を模した形の金属片が複数俺たちに向かって飛んでくる。
「っつ!?」
避ける、と言う選択肢はなかった。
俺の背後にはメルトレスたちが居て、彼女たちはピーコックの閃光を防ごうとして、その場に屈んでしまっていたからだ。
もしもここで俺が一人横に跳んでしまえば、メルトレスたちがどうなるかなど言うまでもない。
「ぐっ……」
「ティタン様!?」
だから俺は避けずに受け止める。
頭、首、胸、弓にだけ金属片が刺さらないように注意を払い、歯を食いしばる事で複数の金属片が皮を突き破って肉に刺さる痛みに耐える。
「『コード2』!」
「まっ……!?」
「っつ……!」
「はいっ……!」
そして、俺自身は『ぼやける』付きの矢に手を伸ばしつつ、『コード2』……この場からとにかく逃げ出す事をメルトレスたちに指示する。
「姫様失礼します!」
「鉄芯共振!」
「待ちなさ……ゲルド!」
ゲルドとイニムの反応は早かった。
ゲルドは有無を言わさずメルトレスを抱え上げると、一気に山道を駆け出す。
イニムも『鉄芯共振』の紋章魔法を発動させると、ゲルドの後に続いて山道を走り始める。
「クケ……」
「『ぼやける』」
魔獣に対して背中を向ける。
そんな真似をすれば、当然魔獣はそれを好機と捉え、襲い掛かろうとする。
故にピーコックも、自分に背を向けて逃げ出そうとするメルトレスたちを追うべく翼を広げて飛び立とうとした。
「フンッ!」
「ッ!?」
だが、ピーコックが飛び立つよりも一瞬早く、『ぼやける』によって輪郭が曖昧になった矢がピーコックの翼を打ち、貫く事は出来なかったが、転ばせることには成功し、メルトレスたちを追う事を出来なくさせる。
「……」
ピーコックが俺の事を睨み付けてくる。
俺もその眼力に負けないように、新たな矢を弓につがえつつ、睨み返す。
「何処に行こうってんだ?ピーコック……」
「クココココ……」
俺の挑発に反応したのか、ピーコックが翼を広げて俺の事を威嚇してくる。
そしてそれと同時に隙を窺っている。
俺の事を無視してメルトレスたちを追う為に。
その反応で俺は確信する。
コイツはただ持ち込まれただけじゃない。
持ち込まれる前に何処かで飼われ……そして調教されている。
それも女子供を狙うように。
でなければ、今の状況で俺を無視してメルトレスたちを追うように動くはずがない。
腹を満たしたいのであれば、俺一人分の肉で十分なはずなのだから。
「……」
魔法現象によって生み出された物らしく、俺の身体に刺さっているピーコックの撃ち出した金属片が消え、傷口が大きく開き、血が流れ出し始める。
だが俺はその痛みを無視して弓矢を構え続ける。
「クケア……」
はっきり言えば、ピーコックを持ち込んだどこぞの誰かを今すぐぶちのめしたいと言う思いがある。
だが、それよりも今は目の前の脅威をどうするかが先決である。
「クケエエェアアアァァァ!」
「しっ!」
ピーコックから閃光と金属片が同時に放たれる。
対する俺は矢を放つと同時に横に跳躍した。
「クケッ!?」
白一色に染まった世界でピーコックの鳴き声が聞こえてくる。
どうやら俺の矢は当たりはしたらしい。
「ぐっ!?」
だが、その代償は大きかった。
身体に何本も金属片が突き刺さると同時に、運悪く弓にも金属片が刺さり、当たり所が悪かったのか、弓はそのまま粉砕されてしまう。
「くそっ……」
金属片が消え、刺さった場所から赤い血が流れ出ていく。
武器は壊れ、全身傷だらけ。
そしてなによりも血を流し過ぎてしまった。
身体は動かず、視界がぼやけていく中で、傷らしい傷も無いピーコックが怒りに満ちた目を俺に向けながら近づいてくるのが何とか見えた。
「何か手は……」
だが諦める気にはなれなかった。
全てが終わる前に諦めるなんて言うのは……駄目だと思うのは……あのドラゴン程の脅威でもなければ、思う気にはなれなかった。
最後の一息まで……手は尽くさなければならない。
それが俺……ティタン・ボースミスの生き方だからである。
「クケアアァァ……」
だから俺は足掻くために、何とか伸ばせる腰の矢へと手を伸ばす。
俺の頭に向けて金属の爪を振り上げているピーコックの身体に直接突き刺す為に。
「コケアアアァァァ!」
「くっ……」
だが、俺が動くよりも早くピーコックが動き出す。
『ふふふ……いい息吹だ』
そして、ピーコックの爪が俺の頭を砕くよりも一瞬早く、それは来た。




