第34話「護衛任務-3」
「寒いですね」
「四月の中頃で、夜明け直後ならこんな物でしょう」
オース山の中に入った俺たち四人は、ゲルド、メルトレス、イニム、俺の順番で、狩猟用務員の立ち入りによって自然に出来上がった山道を歩いていた。
「つまり、しっかりと陽が当たればもう少し暖かく?」
「なります。ただ、木の数も多いので、それほど期待はしない方がいいでしょう」
そうして一列になって歩いただけでも幾つか分かった事が有った。
予想通りではあるが、三人は山の中を歩く事に慣れていない。
体重の掛け方や足取りに、無駄と言うか……不慣れな部分が見てとれるのだ。
だが、平原やただの森ぐらいならば幾らか歩いたこともあるのだろう。
足取り自体はしっかりとしている。
学習能力も高く、どのような場所が危険であるかの注意を受ければ、直ぐに対応もしてみせる。
これならば、今日の探索は特に問題なく終わりそうである。
「ヒヒカズラ、パジサカキ、アイアーの樹、何処を見ても紋章魔法に関わる植物ばかりですね」
「紋章魔法の素材に出来る植物と言うのは基本的に生命力が強く、そうでない植物を駆逐する傾向にありますから。ゴーリ班長曰く、今は素材として見られていない植物でも、この場で生き残っているなら、加工次第では何かに使えるのではないかとの事です」
「「……」」
さて、既に一時間ほど歩いているのだが、ゲルドとイニムの二人は周囲を警戒しているのか、黙々と歩いている。
が、そんな中でメルトレスは二人の心配をよそに、俺の方を良く向き、積極的に話しかけて来ている。
さて、何故ここまで話しかけて来るのか、少し確かめておくか。
「ところでメルトレスさん」
「は、はい」
「どうして俺の方を度々向くのですか?質問だけなら前を向いた状態でも出来ますが、前を向かないと、木の根などに躓いて危険ですよ」
「あ、はい。そうですよね」
「それとも何か疑問などが?」
「えーと……」
俺の質問に対してメルトレスは何処か悩んだ様子を見せている。
ただ、質問をしていいのか迷っていると言うより、どう言葉に表せばいいか分からないと言った感じである。
「その、ティタン様が私たちから勝手に離れていくことは無いと分かってはいるのですが、どうにも気が付いたらティタン様が居なくなっている様に感じてしまうのです。だから……」
「何度も振り返っていたと?」
「はい」
「……」
そうして発せられたメルトレスの理由は、どうにも不思議な物だった。
気が付いたら居なくなっている様に感じる?
だから振り返って俺の存在を確かめていた?
何故そのような状態に至るのだろうか、俺にはよく分からなかった。
「ゲルドさん、イニムさん。貴方たち二人はメルトレスさんの言葉についてどう思いますか?」
この問題を放置しておくと、メルトレスに精神的な負担をかけることになる。
そう判断した俺は原因を探るためにメルトレス以外の二人に質問をする。
「……。私は姫様が疑問に思われるまで、特に何も感じなかった……と言うより、意識できていなかったな」
「えーと、今思い返してみると、いつの間にか私が最後尾の様に思っていたかもしれないです」
「ふうむ?」
ゲルドとイニムの二人から返ってきた答えに俺は首を捻る。
二人の言葉の感じからして、どうやら俺と言う存在は二人の中から完全に消えていたらしい。
となると……
「ああなるほど。そう言う事でしたか」
「ティタン様、何か心当たりが?」
「ええ、一つ思い当たる事が有りました」
俺は周囲の警戒をしつつ悩んでいたのだが、やがて一つの考えに行き着く。
「恐らくですが、無意識的に気配を消してしまっていたようです」
「気配を?」
「ええ、狩人は獲物を狩る為に山の中に入ります。獲物を狩るためには色々と必要になるものがあるのですが、そうした必要になるものの中には、獲物に気づかれないようにすると言う物もあります」
「気づかれないようにする……」
そう、俺は気配を消してしまっていたのだ。
と言っても、弓を向ける時ほどに徹底した物ではなく、獲物以外の魔獣から狙われないようにする程度の気配消しであり、ゴーリ班長たちならば難なく俺の事を認識できる程度のものだが。
「気配を消すだけでそれほど変わるものなのか……」
「メルトレス様はよく気づかれましたね……」
「そうですね。俺も自分のことながら、言われるまで気づきませんでした。心配をおかけして申し訳ありません。そして、よく気づかれたと思います」
「い、いえ」
ゲルドとイニムが俺とメルトレスに対して純粋に感嘆の視線を向ける。
俺も、自分でそんな事をしていると気づいていなかったので、素直にメルトレスの事を褒める。
「でも、ティタン様はどうしてそのような事を?」
「そうですね……急に気配を消すと、それはそれで異常な状態にある事を獲物に対して教えてしまうから。と言う所ですね。折角ですし、次の休憩のときにでも、少し気配……と言うよりは魔獣たちについて、俺なりの知識や推量を話しておこうと思います。もしかしたら何かの役に立つかもしれませんから」
「分かりました」
「お願いします」
「護衛役として、ぜひ聞いておきたいです」
歩き続けること二時間と少し。
俺たち四人は、俺が用務員試験の時に使った池と拠点に辿り着く。
そうして、その場で朝食を作りながら、魔獣について俺が語る事になった。