第32話「護衛任務-1」
狩猟用務員の仕事は大別すると三種類に分けられる。
一つ目は日常的に行い、どういった作業を行うのかもしっかりと決められている仕事。
これはつまりオース山の見回りや、授業の教材と魔具の素材として魔獣の狩猟と捕獲と言った仕事内容である。
二つ目は日常的には行わないが、どういった作業を行うかはあらかじめ決められている仕事。
こちらは先日の入学式や解体ショーに関する業務や、七月に行うと聞いているオース山でのサバイバル学習の手伝いと言った学園の行事に関わる仕事である。
最後に三つ目、日常的には行わず、どういった作業を行うのかも詳細には決められていない仕事。
具体的に言えば、事前に申請しておいた四年生以上の生徒がオース山の中で活動するのに付き添い、危険すぎる事態に陥らないように監督する事。
そして、今日の俺に任せられた仕事である。
仕事であるのだが……。
「「「……」」」
朝、陽もまだ登らない頃。
狩猟用務員小屋の前に集まった俺と女生徒三人のうちの二人の表情は、とても似通ったものになってた。
ならざるを得なかった。
「……。知っていると思いますが、まずは互いに自己紹介といきましょうか。時間も限られているので最初は名前だけで結構です。では、俺は今回皆様の監督役を務める狩猟用務員、ティタン・ボースミスと申します」
俺は軽く頭を下げつつ、三人の女生徒に対して自分の名前を名乗る。
「……。そうですね。そうしましょう。学園の四年生、ゲルド・ゴルデンと申します」
何処か気疲れしている気配を漂わせながら、機動性と防御力を高い水準で両立できるようにした金属鎧を全身に身に付け、剣と大きな盾と荷物袋を持った金髪の少女が少しだけ頭を下げる。
「ですねー……。では、同じく、学園の四年生、イニム・エスケーと申します」
何処か諦めた雰囲気を纏いながら、動きやすいように手足の部分を紐で絞ったローブを身に付け、手には杖を持ち、帽子も含めて見るからに魔法使いと言った姿をした黒髪の少女が小さく礼をする。
「が、学園の四年生。メルトレス・エレメー・オースティアと申します。今日はよろしくお願いしますね。ティタン様」
そして最後に、前二人とは明らかに違う表情を浮かべている、要所要所を金属と革で補強した華麗な鎧で全身を覆い、腰に持ち手と鞘だけで業物だと分かる剣を提げた赤毛の少女が、慌てた様子で大きく頭を下げる。
この時メルトレス以外の二人の声が聞こえたら、きっと俺と全く同じことを考えていた事だろう。
つまり……
嫌な予感しかしない。
「コホン、メルトレスさん」
「は、はい」
偶然だ。
メルトレスたちがオース山探索の申請を出し、その監督役に俺が選ばれたのは全くの偶然だ。
他に監督役を務められる人間がいるとも聞いているが、狩猟用務員は四人しか居ないので、おおよそ四分の一の確率で俺が監督役になるのだ。
だからこれは偶然だ。
誰の意図も関わっていない……どれほど誰かの悪意を感じようとも。
「まずは深呼吸を」
「すぅー……はぁー……」
ただそれでも嫌な予感しかしない。
なにせ俺とメルトレスの接触は今までにたったの三回しかないが、その三回のいずれにおいても、何かしらの問題が発生しているのだから。
「山の中では落ち着いて行動するように」
だが今回に限っては絶対に問題を起こすわけにはいかない。
なにせ学園の中と違って、オース山の中で問題が起きるのであれば、それがどんな瑣末な事であっても、命に関わる重大事に発展しかねないのだから。
そう、山の中とは、そう言う場所なのだ。
「そうですね……常に周囲に見知らぬ誰かが居ると思って行動してください。それも敵意のある誰かです」
だから俺はまずメルトレスを落ち着かせる。
始業式で彼女が周囲に見せていたような微笑の仮面を取り戻させ、その仮面に合うように心の中でも落ち着いてもらう。
もしも、落ち着かないようであれば……監督者権限で今日の活動を強制終了させる選択肢を採ろう。
「誰かが居る……ですか?」
「姫様、目では捉えられなくても、森には多数の魔獣が居ます。ですから、彼らの事を見知らぬ誰かだと思えばいいのです」
「魔獣にとって私たちは敵であり獲物でもあります。隙を見せれば、容赦なく彼らは襲ってくるでしょう」
「……。分かりました。落ち着きましょう」
俺は内心でありがとうと思いつつ、ゲルドとイニムに視線を向け、ゲルドとイニムも俺の視線に対してメルトレスに見えないように小さく頷く。
そしてメルトレスも、しばし目を瞑った後、微笑の仮面を身に付け、俺に判断できる限りでは落ち着いた姿になる。
それにしてもなぜ彼女は落ち着きが無いんだ?
しかも周囲の話を聞く限りでは、こんな状態になるのは俺が近くにいる時だけのようだし……本当に訳が分からない。
俺は彼女に対して特別な何かをした覚えはないのだが。
「では、これから今日の活動をするにあたって、必要な事を一つ一つ確認していきましょう」
「「「はい」」」
考えても仕方がない。
そう判断した俺は、俺に課せられた仕事を全うするべく、話を進めることにした。
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