第21話「始業式-2」
「じゃっ、俺とクリムはお偉いさんに挨拶をしてくるから、こっちは任せたぞ。ティタン」
「よろしく頼むぞ」
「はい」
晩餐会が始まると同時に、ゴーリ班長とクリムさんの二人は俺に向けてそう言い残すと、学園長たちの居る方に向かって歩いていく。
学園長の周囲には教職員だけでなく、貴族や商人の中でも特に偉そうな人物が集まっている。
きっと学園の運営にも関わるような人々なのだろう。
「って、ソウソーさんは……」
「あっしは出し物の方で最終調整が有るでやんすから、そっちに行くでやんすよ」
「分かりました」
ソウソーさんはそう言うと、見慣れない服装の人々の下に向かっていく。
出し物だと言っていたし、服装から見ても劇団か芸人の類であるようだ。
不思議な繋がりである。
「さて……回してるか」
そしてアースボアの丸焼きの下に残された俺は、晩餐会の喧騒をよそに、再びゆっくりとアースボアを回し始めた。
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「ジュルリ……」
「うまそー……」
「腹いっぱい食ったはずなのに、また腹が空いてきた……」
「まだかなぁ、まだかなぁ……」
「……」
晩餐会が始まって三十分。
俺……と言うか、アースボアの丸焼きの近くには、何人もの新入生と思しき少年少女と、何人かの在校生が集まっていた。
どうやら他の料理を食べて来て、十分に腹は膨らませたのに、それでもなおアースボアの丸焼きの魅力には勝てないでいるらしい。
「……。焼き上がるまで後十五分ぐらいだと思います」
「えー、まだそんなにかかるのかよ」
「まあ、これだけ大きい肉じゃしょうがないんじゃないか?」
「豚の丸焼きー」
なお、新入生たちはまだこれが豚ではなくアースボアであると言う事に気づいていない。
そして新入生たちの後ろに居る在校生たちは、彼らの反応を見て、必死に笑いをこらえているようだった。
どうやら、狩猟用務員が出してくる料理が毎年オース山に住む魔獣の丸焼きであることは、新入生たちには教えないのが通例であるらしい。
「いずれ焼き上がりますから、待っていてください」
「ブーブー」
「早く焼けろー焼けろー」
余談だが、王立オースティア魔紋学園は六年生で、入学資格が12歳から18歳の男女にあるため、新入生よりも小さい在校生と言うのは普通に居るし、俺と同い年の新入生も居たりする。
まあ、こうして近くで物欲しそうに待機しているのは12、13歳の新入生ばかりであるようだが。
と、そうやって新入生の子供たちをなだめながら、ゆっくりと焼いている時だった。
「ふん、豚の丸焼きか。とてもこんな場所で出すのにふさわしい料理とは思えんな。こんなの野蛮で下賤な料理の極みじゃないか。ま、平民には相応しいのかもしれないがな」
「……」
唐突にこちらの事を馬鹿にするような雰囲気を纏った声が聞こえてくる。
声の主は?
金髪に青い目をした新入生と思しき男子生徒だ。
男子生徒の服装は学園の制服に幾つもの装飾品を付けた物であり、腰のベルトには一冊の本……恐らくは魔法書と呼ばれる、紋章を描いた紙を何十枚と収めているであろう本が収まっていた。
そして周囲には、同じような格好をした新入生が何人かニヤニヤ顔で立っている。
「「「……」」」
俺は男子生徒から少しだけ顔を逸らし、新入生たちの後ろに居る在校生たちへと視線を向ける。
彼らは動揺は勿論の事、侮蔑や憐みの感情も出していない。
どちらかと言えば、『今年も出たか』と言うような感じの視線で、何時肉の正体に気付くかを楽しみにしている感じである。
「それにしてもだ。他の料理がどれも料理人が技巧を凝らした料理であるのに、どうしてこんな料理が存在しているんだろうね?ここは王立オースティア魔紋学園、エリートの為の学校だ。今すぐにでも使用人に言って、下げさせるべきじゃないか?肉を焼いている小汚い小間使いと一緒にだ」
「……」
さてどうしたものか。
少年の言葉は、在校生の大半が完全に余興であると割り切っているようだが、新入生たちと在校生の一部は既に機嫌が悪くなり始めている。
面倒なので俺自身は大半の言葉は聞き流してしまっているが、このままだとこの少年が大恥をかくだけでなく、この場の空気までずっと悪くなってしまいそうだ。
それは……あまり良くないだろう。
栄えある学園生活初日の思い出としては。
「この肉は……」
ならば隠すのはここまでにするべきだろう。
そう判断した俺は、この肉が豚ではなくアースボアである事を話そうとした。
だが、俺が肉の正体を明かすよりも一瞬早く……
「ふふふ、面白い話が聞こえてきましたね」
事態は動いてしまった。
たぶん、全体的には良い方に、俺個人としては悪い方に。
「『鋼鉄姫』様だ……」
「私、初めて本物を見たわ……」
「凄く綺麗……」
「!?」
俺の下に向かって赤毛の少女……メルトレス・エレメー・オースティア、この国の第三王女にして、新四年生の中でも随一の成績の少女が、二人の護衛を連れて歩いてくる。
「ひ、姫様!?何でこんなところに!?」
「そろそろ焼き上がる頃だと思って来ましたの」
メルトレスの登場によって、新入生たちは全員委縮しきっていた。
まさかこんな場所へ、王族が現れるとは思っていなかったのだろう。
「は?や、焼き上がる?まさか、『鋼鉄姫』様ともあろう方が、豚の丸焼きなどと言う平民の料理をお食べになられるのですか?そんなふざけた話……」
「ふふふ、またお会いしましたね。ティタン様」
「……。そうですね、メルトレスさん」
メルトレスは仮面のような笑みを俺の方に向けて挨拶をしてくる。
俺は少し迷ったが、思いっきり自分の話を無視されて唖然としている新入生の横で軽く挨拶をし、小さく頭を下げる。
「今年はアースボアなんですね。とても美味しそうです」
が、メルトレスはそんな新入生たちなど知った事かと言わんばかりに、周囲の人々にも聞こえる様に俺が丸焼きにしていた物が家畜の豚ではなく、魔獣のアースボアである事を告げる。
「「「!?」」」
「あ、アース……ボア……?」
「ええそうですよ。毎年始業式には、狩猟用務員の方々がオース山で獲ってきた魔獣が丸焼きの形で出されるのが伝統なのです。尤も、丸焼きと言っても、丁寧な下処理に、他の料理でも使われているような貴重な香草をしっかりと使った、大変手間のかかった丸焼きですけれど」
ちょっと残念そうにしている上級生と思しき生徒たちを尻目に、メルトレスは丸焼きの事を罵倒していた新入生たちを絶望の淵に叩き落すような言葉を言う。
が、その表情は相変わらず笑顔の仮面が張り付いている様に変わらない。
とても、ぶつかった時や図書館で偶然会った時と同じ人物だとは思えなかった。
「それでティタン様。このアースボアはどなたが?」
「俺が仕留めました。運よく目を射ぬけたのです」
「な、馬鹿な!?小汚い小間使いにアースボアが仕留められるわけがない!いや、そもそもどうして『鋼鉄姫』様と下賤な小間使いが会話などしているのですか!?」
「……」
「っつ!?」
……。
気のせいだろうか?
今、一瞬メルトレスが凄い怒気を発したような気がしたんだが……いや、周りの生徒たちは何も感じなかったようだし、俺の気のせいか?
う、うん、気のせいにしておこう、そうしとこう。
「メ……」
俺はそう思い、口を開こうとする。
だがそう思っていたが為に、俺は少し遅れてしまった。
「ティタン様。宴の余興に貴方様の腕前を見せると言うのはどうでしょうか?私、一度貴方様の弓の腕前を見てみたかったのです」
俺にとっては悪い方向へと事態が転がるようなメルトレスの言葉に。
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