第20話「始業式-1」
『新入生の諸君、入学おめでとう!在校生の諸君、また元気な姿が見れて、儂は嬉しいぞ!』
翌日。
昼過ぎから魔の塔一階の広間で、始業式兼入学式が行われていた。
出席者は生徒に教職員、それと一部保護者に、オースティア王国や魔法使いのお偉いさんたちで、中々に人数が多く、警備もかなり厳重なものとなっている。
「スタンドの準備よしっす」
「肉の準備もよしだ」
「火も何時でもいけるぞ」
「準備運動終わりました」
さて、始業式の様子が中の様子を伝える魔法によって魔の塔の外に響く中、俺たち用務員は一つの仕事をしていた。
それは始業式後に魔の塔一階の広間と、光、闇、魔の三塔の間にある広場で行われる晩餐会の準備。
そう、この会でとある料理を出すために、俺たち狩猟用務員は昨日オース山で狩りを行ったのである。
「では、火を点けるとしよう」
クリムさんの魔法によって薪に火が点けられ、暫く置いて本物の炎になったところで、ソウソーさんが組み立てた専用のスタンドの間に積まれた薪に炎が移される。
「よし、肉を置くぞ」
そして、無事に薪が燃え始めた所で、ゴーリ班長がそれを……アースボアの皮をはぎ、内臓を抜き、代わりに香草等を詰め込んだ上で、頭から尻の穴に向けて中が空洞になった鉄の棒を突き刺した物を、セットする。
「じゃっ、適宜回すっすよ」
「頑張れよー。俺たちは他の手伝いをしてくるからな」
「問題が起きたら、このベルを鳴らすようにしろ」
「はい」
料理名、アースボアの丸焼き。
それが俺たち狩猟用務員が今回の晩餐会に提供する料理の名前である。
と言うわけで、俺はじっくりと、芯までしっかりと火が通るように、ゆっくりとアースボアが突き刺さった鉄の棒を回し始めた。
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『さて、老人の退屈な話もそろそろ聞き飽きて来て、代わりに腹の虫が鳴き始めてきたころじゃろうか。ああ、恥じる必要はない。腹を満たしたいと言うのは人として、特に君たちの年頃なら何を差し置いても満たすべき欲求じゃからな』
アースボアを焼き始めてからだいぶ経った。
陽は既に落ち始めている。
死後も身体の各部位が紋章魔法の素材として活用可能な魔獣であるので、ある意味当然なのだが、中々火が通らない。
「おっ、だいぶいい感じだな」
「これなら晩餐会が始まって、しばらく経ったぐらいで出せそうだな」
「あー……良い匂いっすねぇ……あっしも学生時代は毎年これが楽しみだったんでやんすよ」
しかし、ゴーリ班長達が丸焼きから漂ってくる香ばしい匂いに引き寄せられて、寄って来たことから分かるように、だいぶ焼けてきてはいる。
これならばクリムさんの言うように、晩餐会が始まった後に焼き上がるだろう。
ちなみにこの丸焼きだが、焼く魔獣は年によって異なるものの、毎年狩猟用務員から供されてきたもので、ゴーリ班長曰く先々代の班長の頃……つまりは四十年以上前から続く伝統であるそうだ。
うん、実に素晴らしい伝統だと、肉を回し続けている俺でも思う。
正直に言って、かなりお腹が空いてきた。
『では、宴に参ろうか』
と、ようやく始業式が終わったらしい。
魔の塔一階の扉が開かれ、灰色に塗られた扉の向こう側から新入生と思しき少年少女の集団が現れる。
彼らの大半は広場に用意された数多の料理に目を輝かせ、直ぐにでも齧りつきたいと言わんばかりの姿を見せている。
そうでない者たちも、大量に用意された料理の魅力には抗い難いのか、何かしらの衝動を我慢している気配を発している。
そしてそんな彼らの視線が俺の焼いているアースボアに向き……固まる。
「ぶ、豚の丸焼き……」
「すげぇ……あんなの祭りでしか見た事が無いぞ」
「ああ、見た目だけでもうまそうだなぁ……」
「ふん、これだから庶民は。豚の丸焼きなんて、一頭丸ごと買えるだけの金が有れば簡単に作れるだろう。美味そうなのは確かだが」
「ジュルリ……」
「ふん、野蛮な料理だ」
「やれやれ、あんな料理大したものじゃないだろ」
ソウソーさんが何かしらの魔法を使ったらしく、新入生たちの会話が風に乗って聞こえてくる。
どうやら新入生がアースボアの丸焼きについて抱いている感情は、大別して三種類であるらしい。
つまりは純粋に食べたいと言う食欲、称賛、そして侮蔑。
何となくだが、食欲は平民で、称賛は商人、侮蔑は貴族の家の子に多い気がする。
「ふむ、豚じゃなくてアースボアだと気付いているのは少数派みたいでやんすね」
「毛皮が無いから分からないんだろう」
「あの位置からじゃ牙も見えませんからね」
「ま、わざわざ説明してやる必要性はないから黙っておけ。その方が面白い事になるからな」
ゴーリ班長が新入生たちに見えないようにあくどい笑みを浮かべつつ、何も言うなと俺たちに命令し、俺たちもそれに対して小さく首肯で返す。
ちなみに魔獣であるアースボアと家畜である豚の違いは、魔法が使えるか否か、毛皮の有無、牙の形等々、色々とあるが、一番の差はその味であり、豚よりも明らかに美味しいのである。
なお、この味の差は魔力の有無が原因であるとされており、何人かの美食家……コホン、研究者が色々と調べているそうだ。
ちょっと気になる話である。
『さあ、今日は好きなだけ飲み食いをするといい!』
そうして、俺たち狩猟用務員が新入生たちを驚かせようと密かに一致団結している中、学園長の言葉とともに晩餐会は始まった。
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