第19話「捕獲仕事-3」
「居ましたね」
「居たでやんすね」
オース山の森の中を移動する事数十分。
俺とソウソーさんはほぼ同時に目標であるアースボアを見つけ出す。
「……」
「ふむ、植物を掘り起こして、食べているでやんすね」
アースボアは岩のような見た目と硬さを持つ外皮が特徴的な、猪型の魔獣である。
地中の植物を好むが、虫や肉なども食べ、口元から覗いている牙は人間の腕ぐらいなら骨ごと噛み砕ける立派な凶器だ。
で、魔獣が魔獣足る由縁は、紋章なしに何かしらの魔法現象を引き起こせる事だが、アースボアの場合は地面を操る事に特化しており、若い個体ならば地中の食物を漁るためだけに使うが、歳を経た個体ならば攻撃、移動、防御、あらゆる用途に用いてくる。
故にこれはコンドラ山での話になるが、『アースボアに出会った時、対抗策が無いならば絶対に刺激をしないようにしろ』と、言われている。
レッドベアーほどではないが、素人が手を出してはいけない魔獣には間違いないのである。
なお、紋章魔法の素材としては、牙、骨、爪、血、脳、毛皮が地属性に高い適性を示す素材として使われ、内臓含めて肉も美味しいか、薬として有用なため、捨てるところのない素晴らしき魔獣であると言われている。
「さて、どうするでやんすかね?」
俺はソウソーさんが顎に手をやって考え事をしている横で、俺たちとアースボアの間の距離を目測で量りつつ、その様子を観察する。
「安全に行くのであれば、罠を張って、そこに誘い込んで仕留める形でやんすけど、アースボアでやんすからねぇ。個体によっては罠破りもしてくるんでやんすよねぇ」
アースボアは魔法と鼻と牙を使って地面を掘り返し、地中から出てきた木の根のような物を美味しそうに食べている。
こちらに気づいている様子はない。
今アースボアが居る位置を通った事や、風向き、俺がギリギリ弓で狙えるかどうかという両者間の距離などを考えれば、当然とも言えるが。
「で、ティタン。何か案はあるっすか?」
「……。この距離なら……ギリギリ目を狙えると思います。確率は低いですけど」
「ふうむ……でやんす」
「……」
俺の言葉にソウソーさんは悩ましげな表情を浮かべている。
実際、今の俺たちとアースボアの距離、そしてアースボアの能力を考えると、二十本の矢を撃って、一本綺麗に決まるかどうかぐらいだろう。
「フォローはあっしがするでやんすから、狙ってみるでやんすよ」
「良いんですか?」
「逃げられても他の獲物を探す時間はあるでやんすし、向かってくるならそっちの方が好都合でやんす。決まれば、魔具の消費なしで今日のお仕事は終了。狙う価値は十分にあるでやんすよ」
「ありがとうございます」
「ふっふーん、後輩の面倒を見るのも先輩の役目っすよ」
俺はソウソーさんに向けて軽く頭を下げると、弓に矢をつがえる。
ソウソーさんも、万が一アースボアがこちら側に向かって突っ込んできた場合に備えて、弩に矢を装填し、紋章が刻まれたメダルを懐から取りだす。
ああそう言えば、紋章魔法の素材を魔法を使える状態にした物の事を魔具と言うんだったか。
『紋章魔法学―基礎』の本に書いてあった覚えがある。
「あっしの方は準備完了でやんすよ。好きなタイミングで射るでやんす」
「分かりました」
と、ソウソーさんの準備が整ったらしいので、俺は意識を集中し始める。
「すぅ……はぁ……」
軽く息を吸い……吐き……呼吸を整え、自分の気配の大半を消し、消し切れない気配は周囲へと溶け込ませる。
そして十分に落ち着いたところで弓を引き、アースボアの目へと……岩のような毛皮に守られていない数少ない部位に狙いを付ける。
「ん?」
その時だった。
アースボアが居る場所よりも更に先の方から光のようなものが発せられ、俺もアースボアもその光に気を取られてしまう。
「どうしたでやんすか?」
「今一瞬、何かが光ったように感じたのですか……」
「ふむ……あっしの魔法には感なしでやんすね」
ソウソーさんは光を見なかったらしい。
が、俺の気のせいとは思わず、アースボアを探すのにも使ったメダルを取りだし、紋章魔法を発動させてくれる。
しかし反応は無いようだった。
「……。気のせいですかね?」
「気のせいでないなら、偶々何かに光が反射しただけだと思うでやんすよ」
今のオース山はゴーリ班長曰く、『どこか違和感があるから気をつけろ』と言う状態であるらしい。
一週間と少し前にそう言われた事は、俺もソウソーさんも覚えている。
なので警戒はしているが……流石に一瞬の光の反射だけで何か未知の生物が居ると考える事は出来ないし、ソウソーさんの魔法にも反応が無いなら、気のせいか偶々の反射光と判断していいだろう。
「狙います」
「分かったでやんす」
問題はない。
そう判断した俺は、既に食事に戻っているアースボアへと再び狙いを付ける。
「……」
俺の下から矢が放たれる。
「!?」
アースボアは俺が放った矢に反応して、真っ直ぐに、前へと駆け出そうとする。
だが、そうして駆け出した先に俺の矢は有った。
それもアースボアの目の真ん中を捉えるように。
「ブヒッ……!?」
目を貫き、脳を破壊されたアースボアの身体が、その身の重さを示すような音と共に地面に転がる。
そして、数度痙攣したのちに、その動きを完全に止める。
「成功しました」
「ヒュー、ど真ん中でやんすか。よくやったっす。じゃ、血だけ抜いて、とっとと帰るでやんすよ」
「はい」
俺とソウソーさんはアースボアに近づくと、手早く首を切り、血の一部を専用の瓶の中に収めると、残りはその場に流した。
そうして少し軽くしたアースボアの身体にロープを結んだら、俺が背負い、ソウソーさんが先導する形で俺たちはオース山から降りた。