第185話「エピローグ」
イマジナが死んでから数日後。
オースティア王家からイマジナ・ミナタストが俺によって討伐された事が正式に発表された。
ただ、イマジナ・ミナタストの死体が民衆の目に触れる事は無かった。
聞いた話では、イマジナの死体は己の死を受け入れたような笑顔を浮かべており、しかもその表情からどうやっても動かせなかったらしく、この表情の死体を出すのは拙いとオースティア王家が判断。
密かに葬り去ったとの事だった。
また、こちらは俺は知らない事で、表にも出せない話だったが、学園長たちが山に駆け付けた裏にはミレットの活躍もあったそうで、一命を取り留めたミレットは他の暗殺者の分の恩赦まで勝ち取ったとの事だった。
「それにしても良いんでやんすか?」
そして、それらの発表からさらに数日後の昼。
王立オースティア魔紋学園の用務員小屋にて。
俺はゴーリ班長、クリムさん、ソウソーさんの三人と一緒に用務員小屋の中でゆっくりしていた。
「良いって何がです?」
「イマジナ・ミナタスト討伐の褒賞の話でやんすよ。ボースミス伯爵家の方に一任したって聞いたでやんすよ」
「ああ、その話ですか。別に問題はありませんよ。俺が個人で貰いたいものは特にありませんでしたし」
話題に上がったのは、イマジナ・ミナタスト討伐の褒賞について俺が決めるのではなく、ボースミス伯爵家……つまりはメテウス兄さんに一任した件についてだった。
「欲しいものが無いって……本当にでやんすか?」
「実際、欲しいものは無いかと聞かれても困るんですよねぇ。思いつきませんし」
ソウソーさんの言葉に俺は困り顔で返す。
実際、地位と爵位は得ても使い方が分からないし、ボースミス伯爵家に迷惑をかける可能性の方が大きい。
お金は十分足りている。
貴重な資料や美術品の類は貰っても扱いに困る。
武器はベグブレッサーの弓と言う十分過ぎるものがある。
職は狩猟用務員と言う立派な物があり、家も職に付いている。
紋章魔法の素材は俺自身とベグブレッサーの弓の方が遥かに良い物である。
「欲しいものが無い……か。まあ、ティタンはそうだろうな」
「考えてみりゃあ、必要な物は全部揃っているものな。お前」
「何と言うか、褒賞を与える側としては一番厄介なタイプでやんすよね。ティタンは」
「いやー、すみません」
そんなわけで、欲しいものが無いかと聞かれても無いと返すしかないのである。
「ま、その内何かしらの褒賞が渡されるでやんすから、その時は素直に受け取るでやんすよ」
「はい、そうします」
まあ、オースティア王家の面子という物があるのも分かっているので、結局はメテウス兄さんに丸投げさせてもらったのだが。
コンコン
「はい、どちら様ですか?」
と、話が一段落ついたところで、用務員小屋の扉が叩かれる。
この気配は……メルトレスたちか。
「ティタン様。こんにちは」
「こんにちは、メルトレスさん。ゲルドさんとイニムさんもこんにちは」
「こんにちは、ティタンさん」
「こんにちはです。ティタンさん」
扉を開けると、そこには俺の予想通りにメルトレス、ゲルド、イニムの三人が並んでいた。
三人の様子から見る限り、午前中の授業が終わった後に直接ここに来たようだった。
「ティタン様、もしよろしければ一緒にお昼などどうでしょうか?」
「お昼ですか」
メルトレスがとてもいい笑顔で俺に向かってそう提案してくる。
その笑顔はとても明るく、そして俺を安心させるもので、何時までも見ていたいと思えるものだった。
そして、この笑顔が見れたからこそ、あの戦いで俺が頑張った甲斐が有ったと思えた。
「ボソッ……(ぶっちゃけ何が渡されるのかは見え見えでやんすけどね)」
「ボソッ……(今の状況が暗にそれを語っているしな)」
「ボソッ……(本人はまだ気づいてないみたいだけどな)」
ソウソーさんたちが何か言っているが、その内容はよく聞き取れない。
まあ、気にすることではないのだろう。
「分かりました。一緒に行きましょう」
「はい、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。お誘いしてくださり、ありがとうございます」
そうして俺はメルトレスたち三人と一緒に食堂に向かう事にした。
「ティタン様……」
じきに八月。
夏の盛りとして日差しがますます強くなってくる頃合いである。
「これからもよろしくお願いしますね」
そしてそれが過ぎれば秋で、収穫の時期となり、その後には雪が降り積もる冬が来る。
きっとこれからも楽しい事、辛い事、未知の出来事と色々あるだろう。
「ああ、こちらこそよろしく。メルトレス」
けれど何があったとしてもきっと乗り越えていけるだろう。
笑顔のメルトレスが隣に居るならば。
■■■■■
用務員小屋の上空。
「フフフ、実に微笑ましい。そうは思わないか?」
「ソーデスネー」
そこにはティタンとメルトレスの事を優しく見守っている『破壊者』とどこか疲れ切った様子のノンフィー・コンプレークスが居た。
「やはり人はこうでなければな。でなければツマらない」
『破壊者』は宙で立ち上がると、どこか遠くを見つめだす。
「一人の少年の運命が壊れ、紡ぎ直された結果、多くの者の運命が変わった。人によって禍福が異なる以上、全ての者に善き変化が訪れる事は有り得ないが、それでも多くの者にとっては良い方向に運命は変わった」
その顔に浮かぶのは微笑み。
けれど何処か挑発的なものも含む笑みだった。
「実に素晴らしい息吹だった。私自身も胸がすくような気分だ。だからな、ティタン」
それが誰に向けた笑みなのかは『破壊者』本人にしか分からない。
ティタンに向けたものかもしれないし、メルトレスに向けたものかも分からない。
あるいは……神と呼ばれる者たちを遥かにしのぐ力を持つにも関わらず『破壊神』とは名乗らない彼女でも、神と認めざるを得ない誰かに向けたものかもしれない。
「今後も楽しみにさせてもらうぞ。貴様たちの息吹をな」
答えは語られない。
語られないが、『破壊者』はその誰かに背を向けると、王都オースティアに構えている自宅、パン屋『リコリス』に向かうのだった。
どこか満足げな様子で。
これにてBBC-黒い血の狩人、無事に完結です。
読了ありがとうございます。
06/17誤字訂正




