第184話「後始末」
「ふふっ……」
ティタンがイマジナを仕留め、その場から去ってしばらく経った頃。
草一本生えていないあらゆる命が途絶えたはずのその場所に男の笑い声が響き渡り始める。
「ふはははは……」
笑い声は徐々に大きくなり始め、笑い声が大きくなるのに合わせて、塵が宙の一点へと集まっていく。
塵はやがて杖の杖のような姿を取り、杖は人の骨のようになり、人の骨のようなものは人そのものの姿へと形を変えていく。
そうして集まった塵はやがて、ボロボロのローブを身にまとった黒髪金目の痩せ細った、けれど端正な顔つきの男の姿を取る。
そして男は……
「ふはははは!ばああぁぁぁかああぁぁぁめええぇぇ!!この理神ルトヤジョーニ・ミナタスト様が一度受けた魔法の解析と対策を怠ると思っていたか!詳細までは分からずとも防ぐこと程度何と言う事はないわ!」
見る者が居ないにも関わらず、大声を上げて自らの存在を周囲に誇示して見せた。
「くくくくく、イマジナと言う優秀な駒を失ったのは痛かったが、奴の矢のおかげで私にかけられた封印も解けた。戦果としては上々どころか最高だな」
男……ルトヤジョーニは顔に笑みを浮かべつつ、ヒフミニの封印によって長い間失われていた自分の身体の状態を確かめていく。
そして身体の状態を確かめ終えると、学園の方角を向きながら口角をさらに吊り上げる。
「さてさて、まずは今までの諸々の件と私の封印を解いてくれた礼を奴にしなければいかんなぁ……一体どうしてくれようか。そうだなぁ、まずは……」
ルトヤジョーニは頭の中でこれからどうやってティタンと学園に攻撃を仕掛けるかをニヤつきながら考える。
そうして考えがまとまってルトヤジョーニが動き出そうとした時だった。
「ーーーーー!」
「!?」
ルトヤジョーニの全身を黒い炎が包み込み、復活と同時にかけておいた複数の防御魔法を浸食、分解し、ルトヤジョーニの肉体が瞬く間に塵に還っていったのは。
「何者ダ……」
だがそれでもルトヤジョーニが死ぬ事は無かった。
炎が止むと同時に再び塵が集まり始め、空に現れた三つの影を見上げるルトヤジョーニの肉体を作り上げる。
「グルルルル……」
影の一つ目は巨大なドラゴン。
ただし、普通のドラゴンではなく、闇天竜ディンプルドラゴンと言う個体名を付けられたドラゴンである。
その口からは黒い炎が漏れ、瞳には何かしらの覚悟の色が浮かんでいた。
「あー、はいはい。再生を確認っと」
影の二つ目は水色の髪に紫色の瞳を持った男。
ルトヤジョーニとも多少の面識を有している存在、ノンフィー・コンプレークス。
その手には本とペンが握られており、何かしらの記録を取っていた。
「ふむ、闇、天、火の三属性を練り合わせたブレスを受けても死なないか。となるとティタンが殺し切れなかったのも仕方がなくはあるな」
そして最後の影はディンプルドラゴンの頭の上、さも当然のように空中で横になり、くつろいでいる女。
その名は『破壊者』リコリス=B=インサニティ。
『箒星の神』と言う名でもってオースティア王国で信仰されている神である。
「一人は顔見知りだが、答える気はない……か。いいだろう。それならば私にも考えという物がある……」
三存在の姿をはっきりと認識したルトヤジョーニはその両手に膨大な量の魔力を……かつてヒフミニとやりあった時よりも遥かに強大さを増したその力を集める。
集められた魔力はやがて雷光を発し、黒く染まった金属の壁をそそり立たせ、炎と土を巻き上げ、毒々しい色合いの氷の槍を何十本と造り上げる。
その姿は理神と言う名が決して僭称ではなく、ルトヤジョーニに相応しいものであると思わせる姿だった。
「グルゥ……」
「えーと、基準を満たしたとして、個体名ルトヤジョーニ・ミナタストを多次元間貿易会社コンプレックス基準における神性存在に認定。『破壊者』の求めに応じて戦闘時のバックアップを準備、完了っと。はい、何時でもいいですよ」
「ようし、よくやった。これでこの間の件はチャラにしてやる」
だが、そんなルトヤジョーニに怯えているのはディンプルドラゴンだけであり、ノンフィーと『破壊者』は大した緊張も見せずに淡々と事を進めていた。
しかし、二人がそんな対応をするのも当然の事だろう。
「その余裕何時まで……!?」
「さて、可愛い信者の為に後顧の憂いぐらいは断ってやるとするか」
ルトヤジョーニが三存在に向けて魔法を放とうとした瞬間。
既に『破壊者』はルトヤジョーニの眼前に移動し、手の平を自らの口元に持って来ていた。
「ふっ」
そして『破壊者』がルトヤジョーニに息を吹きかけた瞬間。
ルトヤジョーニと言う存在は自身に何が起きたのかすら理解出来ないまま、未来永劫に渡って滅却された。
「よし、終わったぞ……何をやっているんだ貴様等は」
ルトヤジョーニを消した『破壊者』はノンフィーたちの方を向き、そこに広がっていた光景に思わず首を傾げる。
「何をやっているんだじゃないですよ!?うわっ、ちょ、連鎖が洒落にならな……ぬわあああぁぁぁん!?助けて社長!?」
ノンフィーは本を手にしたまま半分錯乱状態に陥り、身体の輪郭をあいまいにし、人の姿と本性であるデフォルメした水色の海月のような姿を行ったり来たりしていた。
「……」
ディンプルドラゴンはいつの間にか着地しており、全身を震わせると同時にその足元の辺りに水たまりを作っていた。
「ふむ……少し気張り過ぎたか?」
「ひいひい、気張り過ぎたなんてものじゃないですよ!こっちは一気に火事場ですよ!」
「悪かった悪かった」
「彼女だって、両親の件から強い存在が苦手なのに無理やり連れて来て、挙句怯えさせて、こんな事になっているじゃないですか!早く帰してあげてください!」
だが彼らの反応は当然の物と言ってもいいだろう。
『破壊者』がその気になればノンフィー程度何時でも消せる存在でしかないし、ディンプルドラゴンに至ってはルトヤジョーニが神的存在になっている事を証明させるためだけに無理やり連れてこさせられたのだから。
正直な話、ノンフィーはともかくディンプルドラゴンはこの場においては完全な被害者だった。
「ん?ああ、そうだな。もう帰っていいぞ」
「……!……!」
そのため、帰っていいと言われた時、ディンプルドラゴンは一切の迷いなく帰った。
人目に付かないで平穏に暮らしたいという何処かドラゴンらしくない願いを抱きつつ。
「さて、私も帰るか。明日の仕込みもあるしな」
「こっちの事も手伝ってくださいよおおぉぉ!?既に被害の連鎖が想定の250%に達しているんですよおおぉぉ!?」
「知らん。私は壊すの専門だ。と言うわけで頑張れ」
それから『破壊者』も人知れずこの場から消え、山を下りる。
「ぬわあああぁぁぁぁん!」
そして最後に残されたノンフィーの慟哭が寂しくオース山に響き渡った。
バックアップ(余計な被害を出さないための物)




