第171話「野外学習-4」
「『浄化光葬』」
デコン先生の手から放たれた光によって紫色の何かは鍋ごと分解され、光の粒となって消えていく。
微かに鳥を絞め殺すような鳴き声を上げつつ。
「これでもう大丈夫だ」
「「「ありがとうございます!」」」
デコン先生が使ったのは光天複合紋章魔法『浄化光葬』。
光属性の浄化と天属性の分解を組み合わせた光を照射することによって、近づくのすら危険な毒物でも無毒化した上で分解する事が出来るという危険物対応を専門とする魔法である。
なお、デコン先生はこの魔法……と言うより光属性があまり得意ではないようで、使い終わった今は微妙に表情が険しくなっている。
天属性の魔力は余っているように感じるので、この考えはそう間違っていないだろう。
「何が有ったのかをレポートに書いて提出。それが終わったら、学園側で昼食を用意してあげるから、それを食べるように」
「は、はい!」
「分かりました!」
「本当にありがとうございます!」
で、正体不明の物質を作り出してしまった生徒たちは危機が去って安心したのか、半泣きしつつも自分たちのテントに戻って行った。
まあ、彼らにとっては色々な意味でいい経験になっただろう。
「デコン先生、結局のところ、今のは何だったんですか?」
俺はデコン先生と一緒に自分の持ち場に戻りつつ、さっきのが何だったのか質問してみる。
「分からない」
「分からないんですか?」
「ああ、彼らの内の誰かが無意識的に意思魔法を使った結果がアレだと考えるのが妥当な所だが、具体的に何があったのかは分からない」
「……」
が、どうやら先程のは俺よりもほぼあらゆる面で造詣が深いであろうデコン先生にも分からない何かであったらしい。
現在進行形で無意識に意思魔法を使っている俺が言うのも何だが、自分の意思とは無関係に発動する意思魔法とは相当厄介な物であるらしい。
「いやー、今年は動いたか。ふぉふぉふぉ、豊作じゃな」
「何が豊作だ。何が」
「学園長」
と、ここで学園長とスキープ先生が俺たちの方に近づいてくる。
どうやら一連のやり取りを見ていたらしい。
それにしても今年は動いたか、って……今年は、ってなんですか、今年は、って。
「うん?何か聞きたそうじゃな。ティタン君」
「ええまあ、毎年あるんですか?ああ言うのは」
とりあえず機会を貰えたので、折角なので学園長に質問をしてみる。
「流石に動くのはここ数十年なかったの。じゃが鍋が爆発したり、蛍光色に輝いたり、凍りついたりするぐらいは毎年恒例じゃな」
「ええっ……」
爆発に発光に凍結って……しかもそれが毎年なのか。
一体何がどうなればそんな事になるんだ?
そんな俺の疑問を察したのだろう。
学園長はどうして料理がこんな事になるのかの説明をしてくれる。
「しかしこれはある意味では当然の結果なんじゃよ。と言うのも、料理と言うのはただ材料を切って焼いてで加工する行為ではなく、個人差はあるがそれ相応の思念を込める物なのじゃ」
「思念を込める……」
「そうじゃ。そして意思魔法とは術者の思いを元に発動するものであり、この場で料理をするのは紋章魔法を学び、魔力の扱い方を覚えている途上にある者じゃ。これらの要素が組み合わさった結果、料理に異常が生じる事になるんじゃ」
「なるほど……」
それは俺としても納得がいくものだった。
と言うのも、俺自身が食べるならばとにかく無駄なく調理する事を心がけるが、誰かに食べてもらおうと思ったら、美味しくなるようにと言う想いは込めざるを得ないからだ。
その想いに意思魔法が反応するかどうかは分からないが……反応してしまうのであれば、色々と異常な事態が起きても仕方がないのかもしれない。
「ティタン君、あまり信じ過ぎないように。今の話は教職員の間でもそうではないかと言われている話だが、確証は得られていない説だからな」
「え……」
と、感心していたら、このスキープ先生の言葉である。
「儂はほぼ間違いなくそう言う理屈じゃと思っているんじゃがなぁ」
「立証はされていないだろう。意思魔法についてはまだまだ謎が多い」
スキープ先生はそう言うと俺の方に視線を向けてくる。
うんまあ、確かに俺も意思魔法は使っている。
それも俺自身まだ完全には掌握出来ていない意思魔法をだ。
だが、スキープ先生が言いたいのはそれだけではなかったらしい。
学園長と一度視線を合わせると、スキープ先生は俺だけを招きよせる。
「ティタン君。君は今『血質詐称』を部分的にだが解除しているな。血が僅かにだが黒くなっている」
「……。分かりますか?」
「分かるとも。私は医者だからな」
スキープ先生が俺に小声でそう言い、俺は指摘された通りだったので小さく頷く。
「解除しているのはオース山に張ってある結界の維持の為じゃな」
「結界と言うよりはマーキングですけどね」
そう、今の俺は『血質詐称』を僅かにだが解除している。
そうしなければ、夜明け前に仕掛けておいたマーキングに含まれている魔力も人のそれになってしまい、意味がないからだ。
「その辺りはどうでもよいわい。それよりも今はイマジナ・ミナタストについてじゃ。少し向こうで話すとしよう」
「分かりました」
ただ……俺がそんな事をしているのが学園長たちにバレているとは思わなかった。
俺はそう思いつつ、デコン先生に一度頭を下げると、学園長とスキープ先生の後について行った。




