第170話「野外学習-3」
「いい指導だった。ティタン君」
「ありがとうございます」
指導そのものは簡単に終わった。
と言うのも、俺が近づいて声をかけた途端にその場にいた一年生全員が何故か背筋を正し、真剣に俺の言葉に耳を傾けたからだ。
また、言い争いをしていた生徒たちも似たような感じで、俺が一声かけた時点で何故か顔を青ざめさせて何度も首を縦に振って相槌を打っていた。
「でも……」
「でも?」
うーん、指導をきちんと受け入れてくれる分には何の問題もないのだが……どうにも釈然としない。
何と言うかメルトレスが俺に対して最初から好意を抱いている理由が分からないのと同じで、どうにも不気味に感じてしまう。
「どうしてあんな簡単に俺の言葉を聞き入れてくれたんでしょうか?直前までの様子を見る限り、少しは揉めるかと思っていたんですけど」
「……」
「えーと……」
と言うわけで、デコン先生ならその理由も分かると思って質問してみたのだが……何故か生暖かい物を見るような目で見られてしまった。
うーん、本当に訳が分からない。
訳が分からないが、彼らの反応からしてどちらかと言えば恐れられている感じであるし、狩猟用務員としては生徒たちに恐れられているのはそこまで悪い事でもないから……気にしないのが一番なのかもしれない。
なので、この話についてはここまでにしておくとしよう。
「この後は昼食を各班ごとに作る時間ですよね」
「その通りだ。各班の特徴と魔法以外の技量が最もよく出る時間であると同時に、ある意味では最も恐ろしい時間でもある」
俺は次にやる事である昼食の準備についてデコン先生に確認する。
野外学習での昼食は、パンについては『破壊者』の経営するパン屋『リコリス』などから供給されているが、それ以外については学園が用意した材料を使って各班ごとに用意することになる。
お題は特になし。
ただ、食べられない物を作ってしまうと自分たちがツラい事になってしまうぞ、とは口を酸っぱくして言われている。
なお、教職員の昼食についてはいつも通りに食堂で腕を振るっている一流のシェフの手によるものになる。
「恐ろしい?」
しかし昼食の時間が恐ろしいとは……一体どういう事だろうか?
俺は思わず首を傾げる。
「そうだな……一年の方を回ってみるといい。毎年一組ぐらいは居るからな」
が、どうやらこの件については口で何か言うよりも自分で見てきた方がいいとデコン先生は考えているらしい。
俺に対して直接見てくるように言ってくる。
それならば……まあ、指導もしなければいけないし、見に行くべきなのだろう。
「分かりました。では行って来ます」
「ああ、気をつけて行ってくるといい」
そう言うわけで俺は一抹の不安を感じつつも、各班の昼食の準備の様子を見に行った。
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さて、昼食の準備であるが、やはり各班ごとに特色という物が出ている。
では、具体的にはどんな物なのか見てみるとしよう。
「スープの方はどう?」
「いい感じだよ。量も十分あるから、その時にも対応できるよ」
「サラダの準備よし。ドレッシングの準備も良し」
「お肉もいい感じに焼けて来てるよ」
「じゃあ後はパンを貰ってくるだけだね。私行ってくる」
「うん、お願いエレンスゲ」
まずは模範例と言う事でエレンスゲの班である。
この班についてはやはり非の打ちどころがない。
十分な量の具沢山スープに、ドレッシング付きの新鮮な野菜を使ったサラダ、メインである鶏肉のソテーと、とても簡易の台所で造ったとは思えない料理が並んでいた。
はっきり言って、俺を含めて殆どの教職員よりも彼女たちの方が料理は出来ると思う。
スープが若干作り過ぎな気もするが……それについてもおすそ分け用な感じがするし、火の始末もきちんと済ませてある。
うん、やっぱり非の打ちどころがない。
「ふんふんふふーん」
「セーレ、変わったスープだね。何の肉?」
「これ?魚の肉をミンチにして丸めた奴。私の地元の料理なんだ」
「へー、美味しそう。後でちょっと分けてもらっていい?」
「いいよ。でも代わりにそっちの料理も少し頂戴ね。勿論」
次に一般的なレベルと言う事でセーレの班。
まあ、可もなく不可も無くである。
どの班もきちんと食べれるものを作っているし、他の班と料理を交換し合っていたりと、実に楽しそうである。
これならば俺から何かを言うのは無粋な横槍という物だろう。
「うわっ、焦げちった。悪い」
「ドンマイドンマイ」
「まあ食えればいいって」
「そうだな。とりあえず食える物が出来れば僕たちなら上出来だ」
続いて一般的なレベルから少し下がってハーアルターの班。
どうやら肉を焼いていた生徒が誤って肉を焦がしてしまったらしい。
まあ、どうにもこの班の少年たちは今までに料理をした経験など無かったようであるし、彼ら自身も自分たちに経験がない事をきちんと認めている。
これならば味はともかくとしてお腹を空かせる事にはならないだろう。
肉の焦げの味は文字通りに苦い思い出だろうが、いい思い出にもなるはずだ。
「え……何で動いてんのこれ……」
「わ、わかんないよ……何か気が付いたら……」
「てかどうして紫色なんだ……」
「やべえよ、やべえよ……これ……」
「先生たちに相談した方がいいというか……先生たちに言うしかないよなこれ」
「いやまずこれ何なんだよ……」
「……」
最後に……うん、恐ろしい例について。
デコン先生の言った通りでした。
本当に恐ろしい例がありました。
鍋の中に紫色の液体が満ちているのはまだいいとしよう。
だがしかしだ……何故、尾だけの魚がそんなに元気よく動いている。
何故、確実に絶命しているはずの魚の頭が口を動かす。
何故、薄紫色の煙が鍋から上がっている。
何故、微かにではあるが鳥が絞められる時のような音が聞こえてくる。
有り得ないだろう……色々と。
と言うか何がどうなればこんな事になるのだろうか。
何かしらの魔法が働いているのは確実にしても、これは酷い。
「お前たち……」
「あ、狩猟用務員の……」
「デコン先生を呼んでくるから、それ以上触れないように」
「はい……」
と言うわけで俺は素直にデコン先生を呼ぶことにしたのだった。
だいたい意思魔法のせい




