第162話「外出-8」
「今日はお世話になりました」
「客としてなら何時でも来い。歓迎してやる」
メルトレスが頭を下げるのに合わせて、俺たちも頭を下げる。
それにしても客としてなら……か。
面倒事は持ち込むなと言う事なのだろう。
「と、お暇させてもらう前に『破壊者』様には一つお聞きしたい事がありましたの。よろしいですか?」
「なんだ?」
が、俺が『破壊者』の言葉をそう理解している間にメルトレスはわざと『破壊者』の言葉を無視するように口を開く。
「では……」
そうしてメルトレスが質問を口にしようとした時だった。
「ん?」
ほんの僅かに……そう、ほんの僅かに、もしかしたら気のせいかもしれないが、メルトレスと『破壊者』の姿と位置がブレたような気がした。
いや、実際気のせいなのかもしれない。
ゲルドとイニムの二人に今の違和感に気づいた様子は見られないし、当人であるはずのメルトレスと『破壊者』の二人はそんな俺の印象など気にした様子も見せずに話を続けようとしているからだ。
「今、このオースティア王国には禁術によって数多くの面倒事を引き起こしている者が潜んでいます。『破壊者』様、貴方の力によってその面倒事を引き起こしている者を討伐する事は出来ませんか?」
「その程度の面倒事に関わる気はないな。と言うより、関わった方が問題が起きる」
「関わった方が問題が起きる?」
「羽虫一匹焼くのにドラゴンの炎を使う奴がいるか?つまりはそう言う事だ」
一先ず今は二人の会話に耳を傾けよう。
メルトレスと『破壊者』の会話の内容は……ルトヤジョーニの討伐に『破壊者』の力が借りられないかという物だった。
確かに、ルトヤジョーニとの戦いで『破壊者』の力を借りる事が出来れば、こちらが負ける事は無くなるだろう。
ノンフィーさんもそう言っていたし、俺もそう思う。
と言うより、予備動作も何も無しに時間を止める事すら出来る存在に、俺含めて人間如きが勝てるとは思えない。
「そうですか。それは残念です」
「まあ、実際の所、この程度の問題で私が動く気はない。私は自分がやりたいこと以外にやるつもりはないからな」
「それはまた随分と身勝手な意見ですね」
「身勝手だとも。身勝手でなければ、ここでパン屋などやってはいない」
それにしてもメルトレスは大した度胸である。
『破壊者』相手にこれだけの言い合いが出来るのだから。
万が一が起きても事が終わるまで知覚すらできないであろう、俺、ゲルド、イニムの三人としては気が気ではない。
「だがまあ、私がやりたい事として、貴様等に助言をするぐらいはしてやろうか」
「助言……ですか」
助言……か。
有益である以前に俺の頭でも理解できるような言葉を使ってくれるかどうかがまず不安である。
以前の助言の時もどうにも理解しづらかったし。
「そうだな……今回の件の首謀者、そこの姫様の言うところの面倒事を引き起こしている者について言っておくことがある」
「っつ!?」
「なっ!?」
「えっ!?」
「……」
どうやら例え理解できなくてもきちんと聞いておくべき話であるらしい。
『破壊者』ならば、今回の件の首謀者がルトヤジョーニである事ぐらいは知っていて当然なのだから。
「奴は……そうだな。簡単に言ってしまえば無理を理解できない者だ」
「無理を理解できない?」
無理を理解できない……と言うのはどういう事なのだろうか?
と言うかそもそも今『破壊者』が言った『無理』は俺の知る無理と一致するのだろうか?
いや、何となくだけど一致しない気がする。うん。
「そう、奴は無理を理解できない。無理を有理のものであると頑なに言い続け、無理を無理として捉えられない。無理を有理として認識しようとした。無理を認識できた兄と違ってな」
「「「?」」」
ああうん、やっぱり俺の知る無理とは繋がらないらしい。
それと兄と言っても、メルトレスたちには理解できないと思う。
ルトヤジョーニがヒフミニの弟だという話は一般的には無かった事にされている話だし。
「そして傲慢にもこの世に無理など存在しないと決めつけ、自分が知る世界を理解できた程度でこの世の全てを捉えたと勘違いし、自らを理の創者にしようとしている。それが足掻く事を止め、もっと上の者がもたらす変化に流されているだけだとも気づかずにな」
「えーと……」
「ボソッ(あの姫様。彼女は一体何を言おうとしているのでしょうか?)」
「ボソッ(メルトレス様、私にはもう何が何だが……)」
「ボソッ(ごめんなさい。でも重要な話だとは思うわ。彼女が知っている事は確かだから)」
『破壊者』の話はあまりにも難しい。
この手の話については俺よりも数段造詣が深いはずのメルトレスたちですら理解が及ばないようだった。
いやもううん、本当に、『破壊者』はもう少し分かり易く話をするという事は出来ないのだろうか?
出来ないのだろう。
この店の中に入ってきた時の光景からして、常識があるとは思えない。
「ま、そう言うわけだから、奴とやり合うなら無理の力を活用すると良い。奴にそれに対処する力は、攻撃を学習するものも含めて存在しないからな」
「分かり……ました?」
「は、はあ……」
いずれにしてもルトヤジョーニと戦うならば無理の力とやらを活用すればいいらしい。
無理の力と言うのがどんな物であるのか、俺にはまるで分からなかったが。
「では、失礼させていただきます」
「ああ、気をつけて帰るといい」
そうして俺たち四人は内心でモヤモヤしたものを抱えつつ、学園に帰ることになったのだった。




