第161話「外出-7」
「出来たぞ」
暫くして『破壊者』が戻ってくる。
その手には何かしらの料理が乗せられた銀色の薄い盆が握られている。
どうやらアレが俺たちの為に用意してくれたパンであるらしい。
「これは……」
「ゴクリ……」
「美味しそう……」
「……」
「本来ならば中身については私の管轄外なんだが今回は特別だ。私謹製のベーコンバーガー、存分に味わうがいい」
さて、肝心の料理の内容だが、良く焼かれたパンの間に厚切りのベーコンと新鮮な野菜が挟み込まれると同時に、何かしらのソースが中の物にかかっている。
とても鮮やかなその見た目は、それだけで食欲を大いに誘うだろう。
だがそれ以上意識が向き、食欲が増すのはその匂いだ。
ベーコンから漂うよく焼けた肉の匂いとソースから香ってくる匂いが混ざり合い、本能を直撃し、理性を吹き飛ばして食べる事だけに意識を向けざるを得ないような力を持っている。
間違いない。
このベーコンバーガーは超が付くような逸品である。
それこそ王族であるメルトレスでも食べた事が無いようなレベルのだ。
「「「い、いただきます」」」
「いただきます」
「ああ、食べるといい」
そうして俺たちは『破壊者』の作ったベーコンバーガーを手に取り、口に含んだ。
そして次の瞬間には……俺たちの意識は味に支配された。
文字通りの意味で。
肉の旨味が、野菜の甘さが、ソースの味が、土台であるパンの味が、全てが調和していた。
その美味さの前では……他の事を考える力など残されていなかった。
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「ごちそうさまでした」
「次元の違う美味しさだったわ……」
「これ、今後普通の食事に戻れるのでしょうか……」
「美味し過ぎてヤバいとか私初めてです……」
「心配しなくても大丈夫だろう。人間は逞しいからな」
食事終了後。
俺たちは『破壊者』の持ってきた茶を一服して、味の感想を……それと、今後普通の食事を食べた時に味気なく感じないかと言う不安を口にしあっていた。
「それにしても、このベーコンに野菜、いったいなんだったのかしら?とても普通の材料だとは思えないのだけれど……」
「……。ベーコンも野菜も何かしらの魔獣だとは思いますよ。普通の食べ物と言う感じはしませんでしたから」
「なるほど魔獣か……」
「でも、どんな魔獣なのでしょうか?」
で、その辺りを一通り口にしあった後に話題に上がったのは、当然というべきかベーコンバーガーの材料についてだった。
俺の感覚としてはとりあえず材料が魔獣由来なのは間違いない。
そう言う味がしたからだ。
だが、それ以上の事は分からなかった。
と言うわけで、調理した当人として全てを知っているはずの『破壊者』へと俺たちは視線を向ける。
「肉についてはブラックボアと言う魔獣だな。東大陸の赤道直下の辺りに生息している。野菜とソースについては……まあ、色んなところからだな。魔獣と言うのは間違っていない」
「東大陸の赤道直下って……」
「それはすごく遠いのでは……」
まあ、時間を止められるような存在なら、距離ぐらいはどうとでもなるだろう。
と言うわけで、イニムとゲルドの二人は慌てているが、俺は至極冷静に『破壊者』の言葉を聞く事が出来た。
それに……うん、かつて闇天竜ディンプルドラゴンは『破壊者』の存在を感じ取って逃げていた。
アレはつまり、『破壊者』の実力が闇天竜に退かなければならないと思わせるだけの物である事を示している。
そしてノンフィーさんの物の言い方からして、『破壊者』はノンフィーさんよりも強い事になる。
となれば、この場でドラゴン肉が出て来る事ぐらいは十分に有り得たのではないかと思う。
それを考えたら、ブラックボアと言う俺も初めて名前を聞く魔獣の燻製肉が出てくるぐらいは別に驚く事ではないだろう。
「……。『破壊者』様、もしもこのベーコンバーガーに値段をつけるとしたらどのくらいになりますか?」
「そうだなぁ……ざっとこんな物か?」
「ぶっ!?」
だが、『破壊者』が提示したこのベーコンバーガーの値段には驚かされた。
なにせ、魔具としての機能を持たせた弓や剣の一本ぐらいならば平然と買えてしまうような値段だったからだ。
しかし、そんな値段を聞いてもメルトレスは眉根を顰めるだけだった。
それも高すぎるのではなく、安すぎるという雰囲気で。
「まあ、材料は全て私自身が回収してきているからな。中間業者を通して材料を入手したならば、当然値段は跳ねあがるさ。世の中はそういう風に出来ている」
「でしょうね。本来ならばその数倍は硬いでしょう」
数倍……数倍かぁ……実に恐ろしい話である。
今この場で出てきたベーコンバーガーは四つだったが、メルトレスの言う通りならば、魔具弓約二十張り分の品物が消費されたという事になるのか……。
うん、本当に恐ろしい話だ。
「ま、私はパン部分しか売らないし、今日の費用についてはノンフィーの奴に現物で請求するから何の問題もないな。紹介状にもそう書かれていたしな」
「そうですか」
ああうん、ノンフィーさんありがとうございます。
払えと言われても俺には絶対に無理な額だったので。
「さて、そろそろ時間もいい頃だな」
気が付けば日は暮れかけて来ていた。
確かにそろそろ学園に戻るべき時間である。
なので俺たちは『破壊者』に促され、揃って椅子から立った。




