第160話「外出-6」
前話に引き続き人を選ぶ描写が続いています。
お気を付け下さい。
「失礼し……」
メルトレスは扉を閉めようとする。
「た?」
「えっ!?」
「んっ!?」
「……」
「何を帰ろうとしているんだ貴様等は」
だが、メルトレスを扉を閉めた時。
俺たち四人は既に店の中に居た。
何が起きたのか、メルトレスたちにはまるで分からないだろう。
だが、『破壊者』と言う存在を知っている俺には十分理解が及ぶ現象だ。
『破壊者』が時間を止め、俺たちを店の外から店の中に移動させただけの話だからだ。
だから俺は自分が移動している事については気にした様子も見せずに、『破壊者』に話しかける。
「どうしてお前がここに居る。『破壊者』」
「「「!?」」」
俺の言葉にメルトレスたちが驚いた様子を見せる。
まあ、それが普通の反応だろう。
人間を不可逆的に魔獣に変えたり、時間を止めたり出来るような術者がこんな普通のパン屋に居るなんて思うはずがない。
「私が私の家に居て何が悪い。と言うかそれは私の台詞だろう。もう店は閉まっていると知らせを出しているのに扉を開けた挙句、漫才のような動作を貴様等はしていたからな」
『破壊者』は腕を組み、仁王立ちの状態で一点の恥じらいもなくそう言い切る。
なお、股間と胸については相変わらず謎の白い光によって隠されている。
「漫才って……」
「漫才だろう。三度も開けては閉めを繰り返していたからな」
俺たちの行動が漫才のようだったという『破壊者』の言葉についてはお前が裸なのが原因だろうが!と、指摘の一つでもしてやりたいところである。
が、男である俺がそれをするのは少々どころでなく拙い気がするので、ここは流しておく。
「で、もう今日の営業は終わっているのに貴様等が来た理由は何だ?」
「ノンフィーさんから紹介状をもらった……」
「ふむ」
「っつ!?」
俺は『破壊者』にノンフィーさんから貰った紹介状を渡そうとする。
が、俺が渡そうとした紹介状は、いつの間にか『破壊者』の手元にあった。
どうやらまた時間停止をされたらしい。
と言うか、時間停止が出来るなら、紹介状を奪い取るよりも早く、まずは格好をどうにかしてもらいたい。
いい加減、目のやり場に困る。
「まあ、この条件ならパンの一つでも焼いてやっても構わんか。少し……」
ノンフィーさんからの紹介状を読んだ『破壊者』が店の奥……恐らくは厨房であろう場所に向かって歩き始める。
その時だった。
「その前にまずは服を着てください!ティタン様になんて物を見せるんですか!!」
「うおうっ!?」
突如俺の背後からメルトレスの手が伸びて来て、俺の視界が塞がれる。
「服?ああそう言えば着ていなかったか」
「着ていなかったじゃありません!!」
「ちょっ、まっ、せめてしゃがませてくれ!」
「あ、ごめんなさいティタン様」
勿論俺とメルトレスの間にはそれなりの身長差がある。
そのため、俺の姿勢はだいぶ拙い事になっていたのだが、そこは俺の訴えが通じたのだろう、メルトレスは直ぐに俺の事をしゃがませてくれる。
「別に自分の家の中なら着ていなくても問題はないと思うがな。誰に見られるわけでもないし」
「今、現に、私たちが望まぬままに見せられているじゃないですか!!」
「お前たちは閉店の看板が出ているのに入って来ただろう。自業自得だ」
さて、視界は完璧に奪われているので、それ以外の感覚でもって周囲の状況を把握しないといけないわけだが……微妙に集中できないなこれ、メルトレスの匂いや身体の感触でだいぶ気が逸れてしまう。
耳に入ってくるメルトレスにしては珍しい明らかな批判の声のおかげで集中そのものは途切れないけれど。
「貴方に恥じらいとかはないんですか!?」
「恥じらい?ふっ、このバランスの取れた美しい肉体に恥じる点など欠片も無いわ!」
「っつ!?」
『破壊者』の言葉にメルトレスの手に微妙に力がこもる。
いやまあ、実際『破壊者』の肉体については非の打ち所のない芸術的なものではある。
ただ……言動があまりにもアレ過ぎて、色々と残念になってしまっている。
と言うか、常識まで破壊しないでくれ。
「まあいい、パンを作るのに裸なのは流石に拙いからな。着てやるとしよう」
「ぐぬぬ……」
「「「……」」」
メルトレスの悔しそうな声と共に、『破壊者』が動く音に衣擦れの音が加わる。
どうやら何かしらの衣服は着てくれたらしい。
「えーと……もう大丈夫ですか?」
「……。はい、大丈夫です。ティタン様」
メルトレスの手が外され、視界が開ける。
「『破壊者』は……」
「厨房の方に行きました。どうやらノンフィーさんの紹介状通り、パンは焼いてくれるようです」
「なるほど」
俺は厨房の方へと目を向ける。
が、丁度壁の裏側に行ってしまっているのだろう。
『破壊者』の姿は見当たらなかった。
「ティタン様……」
俺はメルトレスの声を受けて、メルトレスの方を向く。
その顔は……とても不安そうな物だった。
「大丈夫です。メルトレスさん。性格と言動はアレみたいですけど、日ごろ学園にパンを卸している事や、ノンフィーさんが信頼できると言っていますから、変な真似はしないはずです」
「はい」
「そもそも俺たちに何かをするつもりなら、何時でもどうにでも出来るはずですしね」
「それは……そうですよね」
なので、俺はメルトレスを落ち着かせるような言葉を言う。
「さて、戻って来るまで待ちましょうか」
「はい、ティタン様」
「分かりました」
「そうですね」
そして、四人揃って『破壊者』が戻ってくるのを待つことにした。




