第157話「外出-3」
「ふふふ、もうすぐですね。ティタン様」
「そうですね」
王族専用個室は流石の物だった。
十分な広さがあるだけではなく、ゆったりと舞台を見られる席に各種飲み物、トイレまで専用の物が用意されており、心置きなく安心して演劇に集中する事が出来るようになっている。
その充実具合は、こう言う物について全く無知である俺でも十二分に整っていると理解できるほどだった。
『それでは只今よりノンフィー・コンプレークス脚本の演劇、『三日月の夜の貴方に』を開演させていただきます』
「始まるみたいですね。メルトレス様」
「どんなものなのでしょうね?姫様」
「ふふふ、楽しみですね」
ナレーターと呼ばれる役職の人の声が拡大され、劇場の中に響き渡る。
それと同時に、最低限の物を残して照明が消え去り、劇場全体が暗くなっていく。
どうやら支配人であるノンフィーさんが紋章魔法に詳しいだけあって、様々な場所で紋章魔法が生かされているらしい。
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『危ないところだったね。傷は無いかな?』
『貴方様は……』
肝心の劇の内容は?
タイトルである『三日月の夜の貴方に』と言う名前の通りだ。
と言ってしまうと何も伝わらない事ぐらい俺にも分かるので、もう少し詳しく話すとしよう。
『お待ちください。貴方様のお名前を!お名前をお聞かせください!』
『名乗るほどの者ではありませんよ。ではさらば』
えーと、三日月の夜に主役である薬師の少女は森の中に入った。
目的は三日月の夜にしか採取できない薬草を採取するためである。
だが、そこに狂暴な魔獣が現れ、少女に襲い掛かる。
あわやこれまでと言う時、旅の剣士が突如として現れ、魔獣を一刀のもとに切り捨てる。
三日月から降り注ぐ月光の下に現れたその剣士に薬師の少女は恋をする。
しかし剣士は少女を特に気にする様子もなく去ってしまう。
と言うのが序盤の流れである。
「ああ、素敵な剣士様ですね……」
「……」
メルトレスはうっとりとしている。
しているが……俺が狩人であるためなのか、それとも男であるためなのかは分からないが、俺としては色々と突っ込みを入れたくなってしまう。
『どうして夜の森にマトモな装備もなく一人で入った!』と。
いやまあ、流石に此処で無粋なツッコミを入れるのは空気が読めてなさすぎるので、口は閉ざすが。
『ああ、剣士様に……三日月の剣士様にもう一度お会いしたい……またいらっしゃることはあるのかしら……』
話の続きだ。
三日月の剣士様に恋をした少女は得意だった薬作りも手に付かない程に心が浮ついていた。
だが待っていても剣士様が来る事はない。
当然だ、剣士様は偶然あの場に通りかかっただけで、また会う約束どころか名前すらも知らないのだから。
それと、これは俺の私見になるが、あの剣士様は自分の剣の腕を磨く事にしか興味がないのではないのだろうか?
幻影を生み出す紋章魔法によって生み出した魔獣を切り捨てた後、その死骸をどうにかしようと考えなかったのは舞台演出の都合なのだろうけど、薬師の少女に対して名前も名乗らず、大した興味も見せなかったのは、そう言う面があるからではないかと思う。
『そうだわ!剣士様が来ないのであれば、自分から探しに行けばいいのよ!』
「そうね。それがいいわ。待っているだけじゃ恋は実らないもの!」
「うんうん」
「ですね」
「……」
どうやら薬師の少女は三日月の剣士様を思うあまり、旅に出ることにしたらしい。
それも一人で。
劇場内の女性客の多くからは賛同を得られているが……、いやうん、女性の一人旅はちょっとどうかと思う。
男がする旅とは比べ物にならないぐらい危険だろうし。
『ああ三日月の剣士様。貴方様は今どこにいらっしゃいますの?』
まあ、これは劇なのだ。
細かいところは気にしないでおこう。
と言うわけで、旅をしていく間に薬師の少女は逞しくなり、機転と英知を以て様々な危機を切り抜け、幾つもの出会いと別れを繰り返しながらも三日月の剣士様の後を追っていく。
で、そうして後を追っていく道中に起きている事態を見ていて、先程の俺の私見について俺は確信を持つ。
うん、間違いなくあの男は剣にしか興味がない。
途中で薬師の少女と同じように三日月の剣士様に助けられた女性が出てきているのだが、薬師の少女よりも遥かに魅力的な姿をしているのに、まるで興味を引かれた様子を見せなかったというのだから。
『やっと……やっとお会いできましたわ!三日月の剣士様!』
『あ、貴方様はあの時の……いったいどうして此処に?』
やがて少女は三日月の剣士様と再会する。
その時剣士様はドラゴンと思しき魔獣と戦い、討ち果たしたが、その代わりに大きく傷ついていた。
そこで少女の薬師としての腕が生かされた。
少女の薬によって三日月の剣士様は回復し、彼が傷ついたと聞いて襲い掛かってきた敵をあっという間に倒して見せたのである。
『貴方様の薬の腕は素晴らしいものだ。どうかこれからも一緒に居てくれないか?』
『はい、喜んで!貴方様の近くに一生置いてくださいませ!』
「ふぁああああ……」
「いいなぁ……」
「……」
そうして薬師の少女と三日月の剣士様は結ばれ、幸せな一生を送る事となった。
つまりは大団円である。
今後も色々と波乱が待ち受けていそうな大団円であるが。
そしてノンフィーさん脚本の演劇、『三日月の夜の貴方に』は終わったのだった。
きっとどこかの世界であった出来事




