第155話「外出-1」
「弓の手入れはこれで良し……と」
境界の調査から数日後。
今日は狩猟用務員の仕事はない。
と言うわけで、用務員小屋の二階、実質的に俺の私室と化している屋根裏部屋で、俺は弓の手入れや『松明』の紋章魔法の練習、骨細工の作成などをしていた。
休日ならば街に繰り出すべきではないかと言われるかもしれないが、こうしている方が体も心も休まるのが俺なのである。
「さて次は……ん?」
そうして弓の手入れを終えた俺が骨細工の準備を始めようとした時だった。
良く知った気配が用務員小屋に近づいてくる。
しかもとてもそわそわした感じで。
「……」
何故だろうか?とても嫌な予感がする。
今日は生徒も休日であったはずなので、別に用務員小屋に来ること自体は何も問題はない。
問題はないのだが、嫌な予感がしてしょうがない。
「ティタン!客っすよー!」
「……。分かりました!今行きます!」
一階からソウソーさんの俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
既に気配の主は用務員小屋の前にまで来ている。
ああうん、これはもう逃げ場はないな。
俺は内心で諦めを着けると、一階に下りた。
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「ティタン様!」
「おはようございます。メルトレスさん」
一階に下りてくると、そこには俺が気配で感じ取った通りの面々……メルトレス、ゲルド、イニムの三人が居た。
そしてゲルドとイニムは普通の格好をしていたが、メルトレスは夜会に赴くほどではないが、多少の宝飾品を身に付け、明らかに着飾っていた。
その姿はこの国の王女に相応しいものであると同時に、とても可愛らしいものでもあった。
率直に言わせてもらうと、メルトレスによく似合っていた。
「その……ティタン様は今日はお休みだとお聞きしました。間違っていませんよね?」
「ええ、間違ってはいませんよ」
俺が休みだという情報は……まず間違いなくソウソーさんから漏れたのだろう。
今横目でソウソーさんの姿を確認したら、わざとらしく視線も逸らしていたし。
「それで出かける為の着飾りをしてどうしましたか?」
「えと……今日はティタン様をお誘いに来たのです」
「誘いですか?」
さて、ここまで予想の範疇内である。
メルトレスは明らかに出かける為の格好をしていたし、メルトレスたちだけで出かけるのであれば、俺の所に来る必要などないのだから。
問題はここからだ。
一体どこに誘われるのか、俺には全く予想できない。
「はい、ノンフィー様が新作の劇のチケットを贈って下さったのです。ですので、ティタン様と一緒に見られたらと思って来たのですが……」
「……」
ノンフィーさん……アンタ何やっているんだ。
と、口にしたくはあったが、一般的には劇の方がノンフィーさんの本業だと思われていると思うので、口にはしないでおく。
とりあえずノンフィーさんに何か言うのは、劇場で会った時に時間が有ればでいい。
「その……ご迷惑でしたか?」
「いえ、迷惑などではありませんよ。ただ少し気がかりな事があって、そちらの方が気になってしまっただけです」
そしてメルトレスの誘いを断る理由は俺自身には無い。
今日は休日であるし、弓の手入れはともかく骨細工なんてものはどんどん後回しにしてしまって構わないものだからだ。
それにメルトレスを悲しませるのは……出来れば避けたい。
理由はどうにも言葉にし辛いので、しないでおくが。
「気がかりな事……例の禁術使いについてですね」
「ええそうです」
ただ、そんな俺自身の事情とは別に確認しておくことがある。
それは例の禁術使い……ルトヤジョーニ・ミナタストに対する備えについてだ。
「相手の狙いは分かりませんが、メルトレスさんが襲われる可能性は考慮するべきです」
「そうですね。ティタン様の言う通りです」
ルトヤジョーニの狙いはよく分からない。
良く分からないが、メルトレスがまた狙われる可能性は高い。
だからもしも十分な備えもなく演劇を見に行こうというのであれば、何と言われようとも、そして思われようとも、メルトレスを止める責任が俺にはあると言える。
「ですがご安心を。お父様と学園長の許可は得ています。それにノンフィー様から贈っていただいたチケットの席も完全な個室です。他にもゲルドたちだけでなく、複数の護衛が影から付いてくださるとの事なので、ティタン様が思っているような事態にはなりません」
「そうですか」
王様と学園長の許可は得ている……か。
ノンフィーさんの劇場であるならば、ルトヤジョーニに対する備えも十分と見ていいだろう。
複数の護衛は……現状では感じ取れないが、学園の外に出て来れば何処かから着いてくるという事だろうか。
まあ、休日だからと常に学園内で何もせずにじっと待っているというのも、それはそれで問題がありそうである。
うん、ここは前向きに考えよう。
何かがあっても俺が居るから、そんな事態にはならないし、させない……と。
「分かりました。では一緒に行きましょうか。支度を整えて来るので、少し待っていてください」
「はいっ!」
そうして俺はメルトレスの誘いを受けることにした。
その時メルトレスが見せた笑顔は……俺であっても惹かれずにはいられない物だった。




