第151話「焚火-2」
「と言うわけでやんす」
「なるほど」
「じゃ、しっかり勉強するでやんすよ」
「はい」
俺はソウソーさんの説明を思い出しつつ、受け取った『火属性下位紋章魔法・薪をくべる』を読み始める。
「ふむふむ」
『火属性下位紋章魔法・薪をくべる』には『焚火』と『松明』、二種類の紋章魔法が載っている。
が、この二つの差は火が発生する場所が完全固定されているか、そうでないかの差でしかないため、この魔導書では『焚火』の方を基本の魔法として扱い、記載しているようだった。
うん、ソウソーさんの説明から考えると、俺が『焚火』と『松明』、どちらとも使えるようになる必要がある様なので、状況に応じて使い分けられる程の修練を積むのは必須。
と言うわけで、きちんと両方を区別して覚えるとしよう。
「『発火』との一番の差は効果時間か」
さて、ここからが本題である。
火属性基礎紋章魔法である『発火』は最も単純に火を発するだけの紋章魔法である。
そして、火属性下位紋章魔法『焚火』も効果そのものについてはただ火を発するだけの紋章魔法である。
では、両者の差は何処にあるのか。
一番の差は効果時間である。
「へぇ……」
『発火』は、長くても十秒ほどの間しか火を発さない。
それ以降は何かしらの可燃物に燃え移って、本物の火になっていなければ魔法現象の常として消え去るだけである。
勿論、このルールについては『焚火』も同じだ。
だが『焚火』の場合、魔法現象として火の状態を保っている時間がとにかく長い。
具体的に言えば、『発火』の火が十秒持つ量の素材で『焚火』の紋章を描いて発動した場合、術者の魔力の供給が途切れなければ最低でも一時間は持つと言う。
そしてもしもドラゴン並の素材……要するに黒くなっている俺の血などを紋章を描く為の素材として使った場合、その効果時間は理論上月単位にまで伸びるそうだ。
「でも、そこまで長時間維持しても仕方がないよな」
尤も、そんな月単位で『焚火』を維持するなど、集中力を絶やさない訓練か、火属性の魔力の量を蓋すための特訓ぐらいでしか行わない事であり、前者はともかく後者については俺には不用だろう。
なにせ上位紋章魔法相当の魔力を消費する『血質詐称』などの魔法が常時発動していて、それを解除するだけで大量の余剰魔力が得られるのだから。
「『燈火』との違い?ああそうか、あって当然だよな」
次の項目は光属性下位紋章魔法『燈火』との違いだった。
『燈火』は『焚火』と同じように明かりを得るための紋章魔法である。
が、この二つにはいくつかの違いが存在しており、両方とも修得している魔法使いは少ないし、修得する必要性も薄いが、その違いははっきり認識しておくべきであると魔導書には書かれている。
「ふうん……」
で、両者の差だが、一番の差は熱の有無だそうだ。
実のところ『焚火』は長く燃える火を熾し、その副産物として光を得る紋章魔法である。
そのため、光を発生させる際に熱、それに火に触れている物次第では煤なども発生させる事になる。
対する『燈火』は直接光を発生させるため、熱は勿論の事、煤なども発生させないらしい。
で、そうした余計な物を発生させてしまう関係なのか、『焚火』の方が『燈火』よりもほんの僅かに消費する魔力の量が多いとの事だった。
殆ど誤差の範疇であるらしいが。
「抑える方法は……ああ、一応あるのか」
なお、『焚火』の火から煤などが出辛くなるように改良された紋章もあるそうだが、それをすると消費する魔力の量も少し増えるとの事だった。
何と言うかあちらを立てればこちらが立たずと言う感じである。
尤も、そんな『焚火』だからこそ、魔法の効果時間が終わればそのまま消えるしかない『燈火』と違って、燃料さえ用意しておけば本物の火になって効果時間後も明るさを維持してくれるわけだが。
「えーと、空中に火を固定する方法は……ああ、あった」
さて、話を続けよう。
今回俺が『焚火』を習得するのは、野外学習でソウソーさんに言われた通りの用途でもって使うためである。
で、その用途と言うのは、大きく分けて三つ。
「ふむふむ……」
一つ目は単純に火として使うため。
何でも生徒たちが組んだ薪に火を点けるのが校庭組の教職員の仕事の一つだそうで、その際にいちいち『発火』の紋章魔法を使っていては面倒、だそうだ。
二つ目は夜の見回りの際の明かりとして。
こちらについては俺には必要ないのだが、見回りは二人一組であるため、俺と組むことになった教職員が照明確保用の紋章魔法を使えなかった時の為に、念のために覚えておく必要があるとの事だった。
三つ目は緊急時の連絡ようとして。
こちらは『黒煙』を狼煙として使うのと同じように、校庭で夜間に緊急事態が発生した時の連絡手段として『焚火』を使う方法である。
具体的には矢に紋章を描いた羊皮紙を貼りつけて射り、頂点で魔法を発動して空中に不自然な灯りを生み出すのである。
まあ、二つ目と三つ目の用途は周囲に他に適した紋章魔法を使える教職員や生徒が居ない場合に備えたものなので、まずその用途では使わないそうだが。
「大丈夫そうでやんすか?」
「はい、これなら大丈夫だと思います」
俺はソウソーさんの言葉に力強く頷く。
野外学習まで後一月。
他の仕事もあるし、中々に忙しくなりそうである。




