第149話「来客-5」
「まず一つ、ノンフィーさんは普通の人間ではないですよね」
俺の言葉にノンフィーさんは小さく頷く。
「まあ、その辺りについてはティタン君が察している通りさ。私は人間じゃあない。正体については……これを見せた方が早いかな」
ノンフィーさんは俺に向けて右手を示す。
すると、一瞬ノンフィーさんの右手の像がぼやけ、その直後に濃い紫色の光に包まれる。
「これは……」
「正体の詳しい内容については真実を調べて披露する事を好みとしているこの身としては非常に……ひっじょーに心苦しいけれど、社内規約の問題があるから秘匿させてもらうよ」
そして光が薄れた後には水色の蔓のような物が何十本と集まって、手の形になっている姿が見えた。
どうやらノンフィーさんもまた俺と同じように人以外の姿こそが本来の姿であり、今取っている姿は仮の物……あるいは擬態であるらしい。
それにしても……。
「話したいんですか?」
「話したいね!ノンフィー・コンプレークスの名を持つ者としては一から十まで全部の真実を話したいね。直接話す事が無理なら劇とか小説とかの形態をとって話したいのだけれど、この件についてはそれも許されないから本当につらいよ!蕁麻疹とか出るよ!!」
理由は分からないが、ノンフィーさんは隠し事あるいは嘘が嫌いであるらしい。
首筋辺りの肌に蕁麻疹のような物が生じているし、苦悩あるいは苦悶を示すようにウネウネと体をくねらせている。
何と言うか先程までの真剣さが全部吹っ飛んでしまった気がする。
「あ、ちなみに私が人間でない事を知っているのは、この国の人間だと陛下と王太子の二人だけだから。ソウソー君やメテウス君は勿論の事、メルトレス姫にも話さないでくれよ」
「言ったところで信じて貰えないか、『知ってた』と返されるだけな気もしますけどね」
「ははは、前者はともかく後者は無いだろ」
むしろ後者の方が有り得る、とは言わないでおこう。
ぶっちゃけノンフィーさんが人間でない事の方が色々と納得がいくし。
「次の質問いいですか?」
「ああ、構わないよ」
とりあえず次の質問に移るとしよう。
「ノンフィーさん。どうしてルトヤジョーニの話を俺だけにしたんですか?」
「簡単に言ってしまうならば、『それが必要な事だから』だね」
「必要な事?」
ノンフィーさんの言葉に俺は首を傾げる。
確かにルトヤジョーニは俺の敵であり、敵の情報を得ておくことは悪い事ではない。
だが、別にルトヤジョーニの情報を俺以外の人間……ソウソーさんや王様、学園長、それ以外にも信頼できる人は沢山居るはずなのだから、その人たちにも話してよかったはずである。
しかし今までのノンフィーさんの話を聞いている限り、ノンフィーさんは俺にしかルトヤジョーニの話をしていない感じがしている。
これは普通に考えてよくない事である。
なのにそれが必要な事?一体どういう事だろうか?
「そう、必要な事なのさ。ルトヤジョーニに勝つためにはね」
「……」
俺が疑問に思っていると、ノンフィーさんは理由を話し始める。
「そうだね。君も知っている『破壊者』と言う名前の女性、彼女が動けばルトヤジョーニに勝ち目はない。絶対にだ」
「それはまあ……そうでしょうね」
確かに『破壊者』が動いて、ルトヤジョーニと戦えば、確実に『破壊者』が勝つだろう。
ルトヤジョーニが如何に稀代の禁術使いと言えども、時間すら容易に止めて見せる『破壊者』相手に何かが出来るとは思えないからだ。
「私が動いても……まあ、十中八九勝てるだろう。ヒフミニ相手だと厳しいが、ルトヤジョーニが相手なら十分通じる切り札もあるからね」
「……」
ノンフィーさんの実力は……俺より上なのは間違いない。
が、どれぐらい上なのかまでは分からない。
それでも本人がそう言う以上は、ノンフィーさんとルトヤジョーニが戦えば、ノンフィーさんが勝つのだろう。
「でも私も彼女も動けないのさ。強い力を持つ者には、その力の強さに比例するように色々と面倒な制約がかかるからね」
だがその二人は色々な事情から動けないらしい。
それが嘘でない事は分かる。
ノンフィーさんの首筋にまた蕁麻疹が出てきているからだ。
「制約……だから俺ですか?」
「そう、だから君なのさ。ティタン君、君は『破壊者』の術によって人としての器を壊され、限りなくこちら側に寄って来ている。君ならば、君と同じようにこちら側に寄って来ているルトヤジョーニの相手をする事が出来る」
とりあえず『破壊者』とノンフィーさんの間に何か繋がりがある事は確定したと思っていいだろう。
口ぶりが明らかに直接見知っている相手について語るそれだ。
「こちら側……ですか?」
「人ならざる者たちの領域と言う事さ。まあ、詳しくはルトヤジョーニの件が片付いた後にでも詳しく語るとしよう。でないと社内規約に触れてしまうしね」
それにしてもまた“社内規約”か。
とりあえずノンフィーさんは男爵であるけれど、忠誠を誓っている……いや、所属している集団はオースティア王国以外の何処かであるらしい。
これもまた確かな事である。
「さて、話はこれぐらいにしておこうか。そろそろ雨も止んだようだしね。ああそれと、改めて言っておくけれど、今日の話は誰にもしないように」
「そうですか」
まだまだ俺の疑問は残っていたのだが、ノンフィーさんはそう言うと、一人で山を下りて行ってしまう。
その足取りはまるで整備された道を行くようであり、ノンフィーさんの実力を暗に示す物でもあった。
 




