第144話「手配書」
王都オースティアの一角。
オースティア王家からの布告や、凶悪な犯罪者についての情報を出すための場に、その日新たに一つの手配書が加わった。
「んだ?この手配書。随分と変わった内容になっているな」
「何々……ああ、確かに変わった手配書だな。こんな内容は見た事がない」
だがその手配書には他の手配書と違う点が幾つか存在しており、新たな手配書を見に来た街の住人達は一様に珍しいものを見たという表情をした。
「ほぉー、お貴族様が手配されてるのか。こりゃあ珍しい」
「おいおい、ミナタストって、まさかあのミナタストか?」
一つ目は手配書に記されている人物。
手配書に記されているのは現役の子爵家当主であるイマジナ・ミナタストの名前と特徴と言える特徴のない似顔絵であり、念のためと言った感じでイマジナが黒い髪に金色の目を持つ事について記していた。
「んん?罪状が何も書かれて無いな。書き損じか?」
「ああ本当だ。だがミスじゃなさそうだ。なのに手配って事は……」
「それだけヤバい事をしているって事だろうな」
二つ目は手配書に付きものである罪状について。
他の手配書には殺人や窃盗と言った罪の内容がきちんと書かれているにも関わらず、イマジナの手配書はそこが空欄になっていた。
それは普通ならば有り得ない事であり、書き写しのミスなどを疑うところである。
が、手配書を貼った兵士が手配書の内容に間違いがない事を示すと、手配書を見ていた面々はそれだけ察することになる。
この男は手配書にも書けないような事をしでかしたのだと。
「だがまあ、それならこの賞金の形式にも納得だな」
「どれどれ……ああ、これは小市民としちゃあありがたいな」
「確かに。これなら危険を冒さずに済む」
三つ目は手配書に記されてる見つけた時にどうすればいいのかと言う点。
他の手配書には情報提供だけならば幾らだとか、生死は問わずだとか、そう言った捕えようと考えた場合に何処までの行為が許されるかや、逮捕に協力すればどの程度の謝礼が出るのかと言った点が記されている。
が、イマジナの手配書の欄にはまずこう書かれていた。
『本犯人との接触は固く禁じる。逮捕に協力する場合、必ず遠くから所在を確認し、その居場所を伝える事』
と。
「しかしコイツは一体どれほどの罪を犯したんだ?」
「本当だな。こんな書き方をされる奴、俺は初めて見たぜ」
「全くだな。お貴族様を傷つけたってここまでの書かれ方はしないだろ」
犯人と接触してはならない。
そんな風に書かれる手配書など、民衆が記録する限りではただの一度も存在しなかった。
それだけに民衆は話し合わずにはいられなかった。
このイマジナと言う男が一体何をしでかしたのか、どれほどに危険な存在なのか、そして万が一にも遭遇してしまったらどうすればいいのかを。
「直接の接触を禁じる。ですか。また面倒な手配書を出してくれたものですね」
そんな民衆たちを遠巻きに見つめる一人の男が居た。
男は髪の色は赤、目の色は黒で、身に付けている衣服は旅人のそれであり、背中には人一人が入りそうな大きさの箱……あるいは棺を鎖を紐にして背負っていた。
が、逆に言ってしまえばそれぐらいしか特徴らしい特徴が無い不気味な男でもあった。
「面倒でしょう。もしも金に釣られた馬鹿が私の事を襲ってくれるのなら、そいつらを駒にする事も出来たはずなのですから。だがこの手配書ではそれも叶わない」
男は目には見えない誰かと話すように独り言を呟く。
その声と呟く姿は周囲の人々の雑踏と雑談に紛れて、誰かの耳に入る事は無かったが、もしも誰かに見咎められていたら、奇異の目を間違いなく向けられていた事だろう。
ただ、どちらにとって幸いだったのかは分からないが、その姿を捉えた者は居なかった。
「次の機会ですか……そうですね。一月後の野外学習が良いでしょうか。オース山に入った生徒が魔獣に襲われたところで、別段怪しくもなんともありませんから」
男は手配書から目を逸らすと、ゆっくりと歩き始める。
「ああご心配なく、開催は間違いなくされます。学園にしろ王家にしろ面子という物を大切にしますから。多少は警備を厳しくするかもしれませんが、それだけです。打てる手は幾らでもあります」
男の口がほんの僅かにだが、三日月状に醜く歪む。
その表情は彼がどんな人間であるかを如実に表しているかのようだった。
「心配しないでください。内側からの報告で例の魔獣男はオース山の担当でない事が分かっています。他の三人も厄介ではありますが、止める手はあります。ええ、ええ、貴方様の行く手を遮る物などどこにも御座いません」
道を歩いていた男はやがて角を曲がり、一瞬だが全ての人々の視界から外れる。
その瞬間だった。
男の髪の色が茶色に、目の色が緑に、背負っていた棺は大きな杖に、旅装は市井の魔法使いのような姿に変わる。
「今度こそは姫君を貴方様の贄に捧げ、貴方様の復活を、正しき神をこの世に卸しましょう。御先祖様」
そうして男……イマジナ・ミナタストはオースティアの街並みへと消えて行った。
不気味な笑みを周囲の人々には分からない程度に浮かべながら。




