第140話「事情聴取-1」
「ここは……」
目を覚ませば、そこは見覚えのない部屋だった。
天蓋付きの上に身体を柔らかく包み込むようなベッドなど、初めての感覚である。
「んー……」
「あ……!」
俺は微妙に重たく感じる体を起こす。
すると天蓋の外で俺の様子を窺っていたのか、侍女と思しき人が一度驚いた顔を見せた後、慌てて部屋の外に飛び出して行く。
どうやら俺が目覚めた事を誰かに知らせに行ったらしい。
そうして、侍女が部屋を飛び出した辺りで、俺の頭もようやく回り始めたのか、俺は眠る直前の行動を思い出し、その行動と侍女の服装からここが何処だかを理解する。
ここは……うん、オースティア城の何処か、たぶん客室の一つだ。
具体的な位置は分からないが。
「まあ、暫く待つか」
俺はベッドを降りると、自分の服装が昨夜眠った時点から変わっていない事と、部屋に備え付けであろう机の上にベグブレッサーの弓が置かれている事を確認する。
見たところ、ベグブレッサーの弓には特に異常は見られない。
そして、あの時には間違えなく生えていた棘も生えていない。
うん、やはりと言うべきか、俺に合わせてベグブレッサーの弓は変化しているらしい。
まあ、そうでもなければ例の獣の筋力で全力で引いているにも関わらず、弓が折れないと言うのは有り得ない話なので、当たり前と言えば当たり前なのだが。
「ティタン様!」
「メルトレス……さん」
と、侍女が帰って来るよりも早く、メルトレスがゲルドとイニムの二人を連れて部屋の中に入ってくる。
「ああ、良かったです。お目覚めになられて……」
「えーと……」
「「……」」
メルトレスは迷いのない足取りで、反応する暇も与えずに俺に近づき、潤んだ瞳を俺の顔に近づけてくる。
俺はそんなメルトレスの行動にゲルドとイニムの二人に視線だけで助けを求めてみるが……あ、駄目だこれ、二人揃って諦めてくださいって顔をしてる。
「あの魔法使いを倒した一撃の後突然お眠りになられて……お医者様は問題ないと仰っていましたが、私はそれでも心配で心配でたまらなかったのです。私を助けるためにティタン様に何かが有ったらと思うと……本当に」
「それはその……心配をおかけしてすみませんでした」
どうやらメルトレスにはかなりの心配をかけてしまっていたらしい。
改めてメルトレスの顔を見てみると、化粧で隠してはあったが、あまり眠れていない感じが見え隠れしていた。
「その、大丈夫なのですよね。お体のどこにも異常はないのですよね?」
「あーはい、無いので大丈夫です」
そう言いつつ俺は首の後ろの方に手を回し、そこで身体が微妙に重たくなっていた原因を悟る。
髪の毛が……伸びている。
後頭部の方の髪の毛だけだが、間違いなく伸びている。
髭もかなり伸びているようだし……ああなるほど、髭は『血質詐称』の、髪の毛は『能力詐称』の副作用か。
いったい何がどうなれば魔法の副作用で毛が伸びるのかは分からないが……まあ、身体に異常は出ていないし、気にしないでいいか。
「ではティタン様、何か欲しい物などは有りますか?有れば今すぐに侍女に言って寄越させますが……」
「えーと、じゃあ水を」
「イニム」
「予め持って来てありますよ。メルトレス様、ティタンさん」
イニムはそう言うとコップに水を入れ、俺に渡してくる。
なので俺はそれを飲み、だいぶ乾いていた喉を潤す。
「他には何か……」
「はいはい、そこまでにするでやんすよー」
「ティタン起きたのか!」
「はぁ……まさか我々よりも早く姫様が来てしまうとは……」
「いやー、良い光景だねぇ。うんうん」
「姫様……」
と、そうして喉を潤し終わったところで部屋の中にソウソーさん、メテウス兄さん、ノンフィーさん、それに見覚えのない男性が他数名入ってくる。
なお、表情についてはメテウス兄さんは安心したような顔を、ソウソーさんとノンフィーさんは実に楽しそうな顔を、他の人たちはメルトレスが居るとは思わなかったのか、それとも俺とメルトレスの距離の近さを見てかは分からないが、どちらかと言えば渋めの顔をしていた。
「……」
と言うわけで、大義名分も出来たので、俺は何故だか笑顔の下にむっとした感情を隠しているメルトレスに勘付かれないように気をつけつつ、慎重に距離を離しておく。
「ティタンはとりあえずベッドに座っておくでやんすよ」
「あ、はい」
で、ソウソーさんに言われた通り、俺はベッドに腰掛ける。
そして、俺がじっとベッドの上で座っている間に、俺の周囲では見覚えのない男性たちがメモを取る準備を始め、俺に適当な飲み物を出すと共に身だしなみを整え、メルトレスたちを説得して部屋の外に連れ出す。
どうやらここから先はメルトレスに聞かせたくない、あるいは聞かせるべきでない内容について話をするらしい。
「準備完了しました」
「ん、分かったでやんす。と言うわけでティタン、寝起きの所悪いでやんすが、ちょっと話をさせてもらうでやんすよ」
「昨晩の事ですね」
「その通りでやんす」
そうしてソウソーさんの話が始まった。




