第138話「禁術使い-7」
本日は二話更新になります。
こちらは一話目です。
「ガバアアアァァァ!?」
金髪の魔法使いと思しき男がバルコニーを破壊しつつ、全身を弾けさせながら吹っ飛んでいく。
魔法を発動するための紋章を破壊され、その身は宙に躍り出ており、支える物は何もない。
普通なら確実に仕留めたという状況である。
が、勿論俺はこの程度であの魔法使いと思しき男が終わるとは思っていない。
「メルトレス!」
だがそれでも別の事をする時間は得られた。
そう判断した俺は部屋の中に居るメルトレスを助けるべく、メルトレスに襲い掛かろうとしている兵士たちを制圧する事を考え、メルトレスの名を呼びつつ部屋の中へと視線を向ける。
「ティタ……」
「心配しなくてもこっちはもう片付いているよ。ティタン君」
が、どうやら俺の心配は杞憂であったらしい。
「これは……」
「「「ーーーーーー……」」」
部屋の中に居た四人の兵士たちは、既に見えない糸に絡め捕られるようにして、四人ともその動きを止め、口から呻き声を漏らすだけになっていた。
ノンフィーの両手から魔力のような物を感じるので、どうやらノンフィーが何かをしたらしい。
そして、他の騎士や兵士たちも既に部屋の中に入って来ていて、メルトレスたちの保護と兵士たちの拘束を行っていた。
結末を見届けるまで部屋を移動する気はないようだが、これならばもうメルトレスたちは大丈夫だろう。
「ティタン様!外を!」
「……」
俺はメルトレスの叫びに応じるように、バルコニーの外、魔法使いの男を吹き飛ばした方を見る。
「よくモ……やってくれたナ……」
やはり身体を強制的に再生させる魔法がかかっているらしく、魔法使いの男は既に俺が殴る前とさほど変わらない姿を取り戻していた。
そして、その身は足場も何も無いはずの空中に、しっかりと佇んでいた。
どうやら宙に浮かぶための魔法を使っているらしい。
「コイツはただ魔法を掛けられただけじゃなくて、完全に操られているみたいだな」
俺は宙に浮かぶ魔法使いの男の姿を改めて観察する。
容姿は金髪に茶色の目で、若干小柄、俺が舞踏会のホールで見かけた男とは似ても似つかない。
そしてその目と動作からは、自己の意思という物が感じられず、操られているという感じがする。
だが、その身から漏れ出てくる気配には確かにあの黒髪金目の男に似ており、あの悍ましく、まとわりつくような殺気も幾らかだが確かに感じる。
となれば、他の連中が与えられた命令にただ従うようにされているのに対して、俺の前に居る魔法使いの男は人形師が人形を操るように常にその動きを支配していると考えた方が妥当だろう。
「これで三度目ダ。一度ならズ、二度までもと言う話ではもうないナ……」
『能力詐称』の影響か、幾らか伸びた俺の耳が魔法使いの男の呟きを聞き取る。
しかし三度目だと?
一体どういう事だ?
ああいや、それよりも今は優先するべき事がある。
「……。流石に届かない……か」
俺はバルコニーの柵に足をかけ、ここから全力で跳躍して魔法使いの男に自分の拳を叩き込めるかを考える。
が、対象物の少ない空中にある相手に対してなので正確な距離は分からないが、目測で測った限りでは厳しそうだった。
となると翼を生やして空を飛ぶしかないが……正直に言って、今の俺がそこまで踏み込んだら、帰ってこれなくなる可能性の方が高そうである。
「まあいイ、此処まで貴様は来れヌ。下の塵芥共では我はどうする事も出来ヌ。となれバ……」
魔法使いの男は再び自分の手と指で紋章を造り始める。
メルトレスの傍にはノンフィーが居るはずなので万が一は起きないが、その狙いが何処にあるかは考えるまでもないだろう。
「ちっ、失敗したな。叩きつけるように殴るべきだった」
俺は口から黒い煙のような物を漏らしつつ、どうにかして、諦めの悪い奴に対してもう一撃何かしらの有効打を与える手段は無いかと考える。
まず下の連中に頼るのは駄目だ。
今更あの魔法使いの存在に気づいて、兵士や騎士たちが動いているが、殆どの攻撃は当たらないか、当たっても再生魔法によって無かった事にされている。
もっと上の紋章魔法を使える人間が出てくれば話は別だが、そんな希望的観測に頼るべきではない。
次に弓や投槍と言った遠距離攻撃手段を俺自身が用いる事。
これもまた厳しいものがある。
ただの攻撃では、再生されてお終いだからだ。
となるとやはり飛ぶしか……
「っつ!?」
そこまで俺が思った時だった。
唐突に左手に痛みが走る。
「ゆるリ、ゆるりト、準備を進めるとしよウ」
「は?」
俺は痛みに反応して左手を見る。
するといつの間にか俺の左手には用務員小屋に置いてきたはずのベグブレッサーの弓が握られていた。
どうやら痛みの原因は、以前の闘技演習の時と同じように、弓の表面から棘のような物が生えており、その棘が俺の手に食い込んだからであるらしい。
で、唐突に現れた原因は……分からない。
だがまあ、こんな事が出来る人間は俺の知る限り一人しか居ない。
となればその一人……『破壊者』にとっても、俺の前に居る魔法使いの男の存在は許しがたいものであるのだろう。
ならば、俺を使われているという点は少々癪に障るが、利用されてやる事にしよう。
「ティタン様!矢を!」
「ああ」
背後から全体が鉄で造られた矢が飛んできたので、俺は右手でそれを掴む。
どうやらメルトレスが紋章魔法によって作り出したらしいその鉄の矢は、大きさも重さも丁度いいものだった。
「くくくくク、さア、絶望に打ちひしがれるがいイ」
「任せておけ」
これならば問題ない。
そう俺は判断すると、紋章を作り上げ、魔力を注ぎ込み始めた魔法使いの男に弓に向け、矢をつがえた。




