第137話「禁術使い-6」
「陽動に足止め。ですか?」
「ああ、その通りさ」
俺は今、ノンフィーさんに案内される形で、オースティア城内を走っていた。
当然すれ違った兵士や騎士たちからは良い顔をされていないし、場合によっては止まるように怒鳴られる事もあった。
が、ノンフィーさんは悉く彼らを無視し、進路を阻もうとする者には手に持っている何かを見せる事で道を譲らせていた。
ソウソーさんの話では変態ではあるが信頼は出来るらしいので、余計な心配はしなくてもいいのだろうけど……何と言うか色々と不安になる光景だった。
「君を襲った暗殺者たちにあの魔法が使われたのは、城内に居る実力者をあの場に集めて、あわよくば殺す事、そうでなくとも本来の目的を遂げるまでの時間稼ぎをさせる。その為だったと考えるのが妥当だと思うよ」
「アレが陽動……」
だがそれ以上に不安になるのがノンフィーさんの言葉だった。
ノンフィーさん曰く俺を襲った暗殺者たちにかけられた魔法は、あの場で騒動を起こし、城内の騎士たちの目を惹きつける為の物だったという。
つまり、今回の件の黒幕は、暗殺者たちを囮として、文字通りの使い捨ての駒にしたと言う事である。
それは……間違っても許せない行いだった。
少なくとも、暗殺者たちのリーダーの憤りを目にした身としては。
「でもそうなると本命は?」
「巧みに気配を隠して行動しているようでね。たぶん、城内では私しか気づいていない。で、本命だけど……たぶんメルトレス様だね。彼女の部屋にまで気配が移動した所で動きが止まっている」
「っつ!?」
俺はノンフィーさんの言葉に息を詰まらせる。
だが、俺はそんな反応を見せざるを得なかった。
だってそうだろう。
「待ってください。あんな魔法を使う奴が……」
「だから言っただろう。悠長な事を言っていられる状況じゃない。と」
メルトレスに対しては舞踏会の時点で悍ましい気配を向けられていた。
もしもこの件の黒幕とあの悍ましい気配の持ち主に繋がりがあったならば……メルトレスがどんな目にあわされるか分かったものではない。
それは絶対に見過ごせない事だ。
「さて、そう言う事だからティタン君。『黒い獣の鵺』……コホン、例の獣の力も解放してくれると助かる。私はもう少しスピードを上げられるからね」
「言われなくとも」
だから俺はノンフィーさんの言葉に疑問を抱くべき文言が混ざっている事に気づかず、例の獣の力を使う事にした。
「『血質詐称』……解除」
まず第一段階として俺は心の中でいつものイメージ……白い光に満ちた空間と黒い水の溜まった湖を作り出し、黒い水の湖に足首から下だけを浸け、手ですくった黒い水をほんの少しだけ体内に取り込む事で、『血質詐称』を解除する。
「ふむ……」
だがこれだけではただ魔力の量が増えただけだ。
俺自身の身体能力は変わらない。
メルトレスの下に少しでも早く駆けつけるためには、この先に踏み込む必要がある。
「すぅ……」
だから踏み込む。
黒い水の湖に膝下まで浸かり、体内に取り込んだ黒い水を心臓から全身へと流し込む。
そして、それに伴って湧き上がる獣としての本能を……転換する。
メルトレスに迫っている危機をもたらしているものに対する破壊衝動へと。
打ち倒すべき相手だけを打ち倒せるようにと。
そうして最後に告げる。
「『能力詐称』……解除!」
獣の力の一端を、必要な力だけを的確に引き出すための言葉を。
「ノンフィー!」
「うん、良さそうだね。では飛ばすとしよう」
俺の言葉と共にノンフィーの靴裏から放出される水の量と頻度が一気に増え、今までのは何だったのかと言いたくなるほどに走るのが速くなる。
と言うか、もはや飛んでいた。
「ぬんっ!」
だから俺も加速する。
人間の柔で貧相な能力から、あの獣の巨体を弄せず動かせるだけの筋力と、それほどの筋力を発揮しても身体に反動が返ってこない程の耐久力、そして速くなった動きに合わせられるだけの感知能力に取り替える。
取り替えて、オースティア城の通路の床を、壁を、時には天井すらも足場にし、ヒビを入れる事も厭わずに駆ける。
「ほう、これは想像以上だね」
「メルトレスの部屋は何処だ!」
「もうすぐだ!」
そうしてノンフィーに追いつく頃には俺は気づく。
『能力詐称』の解除によって、俺の精神が少しずつ獣のそれに近づきつつあることに。
やはりこの力はそう長い間使い続けて良いものではないらしい。
「あの部屋がそうだ!」
「あそこか!」
やがて俺でも分かるほどに嫌な気配がしてくると共に、二人の女性騎士と兵士たちが一つの扉を必死に開けようとしている姿が見えてくる。
どうやらあの部屋がメルトレスの部屋であるらしい。
「全力でやりたまえ!」
「言われなくても!」
如何なる手段を用いたのかは分からないが、先行していたノンフィーが扉の前に着くと同時に、扉の前に居た兵士と騎士たちが全員強制的に移動させられ、扉の前に立っている人がノンフィーだけになる。
「すぅ……」
そして扉の前に辿り着いた俺は本能的に込められるだけの魔力を右の拳に集め、息を思いっきり吸い込むと……
「オラアアアアァァァァ!!」
半ば獣のような雄たけびを上げつつ扉を殴りつけて粉砕。
勢いそのままにドロドロに溶かされた物品が散らばると共に、酸の臭いの籠った室内に侵入する。
「なに……」
そして嫌な気配の元である、自分の前に何かしらの紋章を作り出していた見覚えのない金髪の男の下に向かって一足飛びに近寄ると……
「ぶっ飛べゲロ野郎」
その紋章ごと破壊するように全力で、俺の重さも獣のそれに変えつつ殴った。




