第125話「舞踏会-5」
「えーと……」
俺は限られた選択肢の中から、どれが一番マシかを必死になって考える。
まず第一の選択肢は正直に話す事。
これは間違いなく下策だ。
話せばまず間違いなくメルトレスは何かしらの行動を起こす。
そうなってしまえば、ソウソーさん程の頭があるならばともかく、俺程度の頭では状況がどう動くのかまるで分からなくなる。
「話していただけますか?」
第二の選択肢は適当に誤魔化す、あるいはなにも言わない事。
これは第一の選択肢以上に下策だ。
メルトレスが行動を起こすという結果は変わらない上に、状況把握のために色々と手を伸ばすはずだから、メルトレスとその周囲に居る人々を多大な危険に巻き込むことになる。
「……」
となれば……残る選択肢は一つしかない。
「メルトレス様」
「何ですか?ティタン様」
「申し訳ありませんが、貴女には話せません」
「……」
それは正直に話すという選択肢。
ただし話す内容は計画についてではなく、メルトレスを巻き込めないという俺の本心と、メルトレスにどうしてほしいかと言う願いだ。
「理由を窺ってもよろしいですか?」
「お察しの通り、私は貴女に隠し事をしています。そして、その隠し事に関わる形で、とある計画も進めている。ここまで言えば、察しのいい貴女なら理解していただけますよね?」
「……。私が動くと、計画が破綻しかねない。と言う事ですか?」
「それに何が起きるかも分からないから、巻き込みたくないというのもあります」
俺の言葉にメルトレスは僅かに目を険しくする。
が、俺が本心からそう言っている事が理解できたのだろう。
少しずつメルトレスの目から険しさが薄れていく。
「分かりました。ティタン様がそう仰るのであれば、これ以上私から伺ったりはしません」
「ありがとうございます」
上手くいった。
そう思った俺は内心で胸を撫で下ろそうとしていた。
「でもティタン様」
が、ふいにメルトレスが手を強く握ると同時に、俺の目を真っ直ぐに見つめた事で、胸を撫で下ろそうとしていた心の手が止まる。
「お願いですから無事に、何事もなく、帰って来てくださいね。そして、事が終わったならば、何があったのかをきちんと話してくださいね」
「え、えーと……」
メルトレスの橙色の綺麗な目が、俺の目をまっすぐに見つめている。
その姿はまるで、俺本来の姿である黒い獣を狙う狩人のようであり、獲物を高みから、あるいは影から狙う獰猛な肉食獣のようだと俺は感じた。
「ぜ、善処します……」
「ふふふ、約束ですからね。ティタン様。もしも破ったら……ふふふっ」
「……」
怖い。
メルトレスが怖い。
はっきり言って……この後俺に襲い掛かってくるはずの誰かよりも、今のメルトレスの方が遥かに怖い。
敵の正体が分かっていないのに、そう言い切れてしまうだけの気配がメルトレスからは漂っている。
「ぐぐぐ、『鋼鉄姫』様があんな風に微笑むだなんて……」
「今に見ていろ……何時か必ず……」
「ああ、なんて羨ましい。けれど喜ばしい……」
俺とメルトレスに対する周囲の人々の呟きが聞こえてくる。
そしてそれに対して声を大にして言い返したい。
今の俺はそんなふうに憧れる状況にはないぞ……と。
「あら、もうすぐ曲が終わりそうですね」
「……。そのようですね」
ダンスの為の曲がもうじき終わる。
その事に俺は内心で安堵しつつも、最後までステップを間違えないようにと、改めて踊りに集中しようとする。
その時だった。
「っつ!?」
俺は一つの殺気を感じ取る。
それも俺ではなく、メルトレスに対して向けられた殺気を。
その鋭さは魔獣のそれよりも遥かに鋭く、濃さも桁違いだった。
そして何よりも悍ましい事にまとわりつくような気配を持っていた。
「メルトレス」
「えっ!?」
俺は咄嗟にメルトレスを抱き寄せつつ回転し、視線の主の姿を一瞬だけ確認しつつ、メルトレスと視線の主の間に俺の身体を割り込ませる。
「あ、あの、ティタン様……?」
「……」
俺は改めて視線の主の姿を確認する。
視線の主は黒い髪に金色の目を持った、それ以外にはこれと言う外見的特徴を持たない男だった。
そして、男は俺が殺気に気付いたことを察したのか、踵を返し、ホールの外に出ていく。
「その、私としては嬉しいですけど……皆様が見ておられます……よ?」
俺が見たのはそんな僅かな姿だ。
だが、そんな僅かな時間見ただけでも分かった。
今の男は危険な存在だ。
何かよからぬことを考えている。
でなければあんな……人間を人間として見ていない顔が出来るとは思えない。
「メルトレス」
「は、はい」
今の時点でも打てる手は打っておかなければならない。
そう判断した俺はメルトレスの耳元に口を近づけ、囁く。
「ゲルドとイニムの二人は居るな。居るなら二人を絶対に傍から離すな。正体は分からないが、危険な相手が居る」
「……。分かりましたわ。他の方ならばともかく、ティタン様がそこまで言うという事は、それほどまでに危険な何かが迫っているという事ですものね。十分に注意させてもらいますわ」
「頼む」
周囲がざわめき立つが、そんなものはどうでもいい。
メルトレスの身に何か有った方が取り返しがつかないからだ。
「それでその……ティタン様。曲も終わりましたし……私、少し恥ずかしくなってきたのですけれど……」
「へ?え、あ……」
と、俺は思っていたのだが……気が付けばメルトレスの顔は紅潮し、周囲の人々からはかなり険しい目を向けられていた。
王様も顔は笑顔だが、目はまるで笑っていなかった。
ソウソーさんは……何故か笑いをこらえているが、メテウス兄さんとマーキュリさんは頬をヒクつかせていた。
どうやら……やり過ぎてしまったらしい。
「す、すみません!」
「い、いえ……」
こんな状況で俺に出来る事は、メルトレスに対して謝りつつ、ホールの中央部分から去る事だけだった。




