第123話「舞踏会-3」
「さて、それじゃあ私たちからの情報ね。ソウソー」
「あいあいっす」
マーキュリさんの求めに応じる形で、一度周囲を確認してからソウソーさんが口を開く。
「まず怪しい動きをしている貴族が居るかどうかでやんすが、これについては思いっきり居るでやんすね」
「具体的には?」
「貴族主義者の配下と思しき貴族が、使用人と言う名目で数名の不審人物を連れ込んでいるでやんす」
ソウソーさんはそう言うと、再び周囲へと目をやる。
恐らく視線の先には件の貴族が居るのだろうが……俺は目をやらないでおく。
囮である俺にはその貴族も注目しているだろうし、下手に顔を知ってしまうと、思わぬところでぼろが出る可能性もあるからだ。
それにしてもだ。
「不審人物だと分かっているのに、止められないんですか?」
「不審なだけじゃ駄目っすね。凶器の類を身に付けているなら有無を言わさず拘束する事も出来るでやんすが、そこら辺は複数の人間が上手く持ち込んでいるっすからねぇ」
「つまりティタン君には悪いけれど、証拠込みで捕える為には貴方に襲われてもらうしかないのよねぇ」
「なるほど」
俺の質問にソウソーさんとマーキュリさんはとても残念そうな顔をしながらも答えてくれる。
その表情から察するに、不審なだけで捕えてしまうと、ソウソーさんたちと仲が良くない貴族から色々と言われる事になるのだろう。
具体的にどうなるのかは、そう言う方面に詳しくない俺には分からない事だが、相当面倒な事になるのは間違いない。
うん、それは確かに避けたい状況だ。
「陛下御入場!」
ホールの入口に立っている兵士が大きな声を上げ、王様が入ってくることをホール中の人間に教える。
そして、王様が入ってくるという事は、王族以下の貴族は既に勢ぞろいしているという事でもある。
「と言うわけで、残す問題は如何にしてティタンが襲われるかでやんすね」
「如何に……ですか?」
俺が会場の外で一人うろついていればそれだけで襲ってくれそうな気もするが、それだけでは駄目なのだろうか?
と、そんな俺の思考を読んだのか、ソウソーさんが補足をしてくれる。
「連中も馬鹿揃いって訳じゃないでやんすからね。少しでやんすが頭が回る奴や、目端の利く奴も居るんでやんすよ。で、そう言う奴はティタンが人目に付かない所に一人で居るところを見ても、襲いどころとは思わず、罠である事を疑うでやんす」
「あー……」
ソウソーさんの言葉に俺は納得の声を漏らす。
確かに魔獣の中でも歳を経た魔獣だと、こちらが仕掛けた罠を見破って近づかなかったり、場合によっては餌だけ持って逃げるという事がある。
それと同じような判断が出来る人間があちら側に居ても何もおかしくはないか。
「で、正直に言うでやんすが、今回あっしたちが仕留めたいのはその頭が回る奴や目端の利く奴なんでやんすよ。そう言う連中は、突っ込む事しか頭にない連中と違って、うまーく身代わりを用意するなりなんなりして逃げ延びるでやんすからね」
「なるほど」
つまりソウソーさんたちはトカゲが尻尾を切って逃げようとするところを、そのトカゲの本体を仕留めようとしているわけか。
だからこそ俺を襲ってきた連中をその場で殺すわけにはいかないし、確実に罠に嵌める必要があるわけか。
しかし……そうなると俺なんかで敵が引っ掛かるのかと言う不安があるな。
その辺りソウソーさんはどう考えているのだろうか?
「諸君、余の主催する舞踏会に今日はよく集まってくれた。諸君らの元気そうな顔が見れて、余も嬉しく思う」
と、いつの間にか王様の言葉が始まっていた。
えーと、予定では確か、王様の言葉が終わった後に舞踏会が始まり、そこでまずは一曲、適当な女性相手に踊るんだったか。
で、踊り終ったら、機を見てホールの外に出て襲われ、そこをソウソーさんたちが用意してくれた護衛の人たちと一緒に返り討ちにする、と。
「さて、それでは宴を始める前に、一人、改めて諸君に紹介をしておくとしよう」
さて、赤い髪に橙色の目と言うメルトレスによく似た王様の言葉が終わったと俺が思った頃。
不意に王様が言葉を付け加える。
そして、その言葉が発せられた瞬間、笑みを浮かべるソウソーさんとマーキュリさんの二人と違って、何故だか俺は背後に冷たいものを感じていた。
「余の娘であるメルトレス・エレメー・オースティアである。今年で16歳になるという事で、学生の身であるが、この場に出て来てもらった」
王様の背後から、華美なドレスと装飾品に身を包み、元の顔を生かすような化粧を施された一人の赤髪の少女……メルトレスが現れる。
「ただいまエレメギル・コントラク・オースティア陛下よりご紹介に与かりました、陛下の娘メルトレス・エレメー・オースティアと申します。今宵は皆様と同じ場に居られる事を嬉しく思いますわ」
メルトレスは表面上は笑顔のまま、けれど俺の目にはつまらなさそうな表情で優雅な挨拶をする。
「……!」
と、挨拶が終わったところでメルトレスと俺の目が合い、表情こそ変わらなかったが、メルトレスはとても嬉しそうにする。
それと同時に俺の中では嫌な予感が、狩人として鍛え上げた警戒網が激しい警鐘を鳴らしていた。
「さて、メルトレス。今日は特別だ。会場に居る男性から、お前自身が良いと思う相手と踊りなさい」
「ありがとうございます。お父様。では、そのお方の下に行かせていただきますね」
「きゅっきゅっきゅっ、そう言えば話の途中だったでやんすね。ティタン、どうやって確実にティタンを襲わせるかって話でやんすが……」
そしてメルトレスがこちらにゆっくりと歩いてくる姿を見て理解する。
どうやって確実に俺が襲われる状況を作り出すのか、その方法を。
「襲わざるを得ない状況を作ればいいんでやんすよ」
メルトレスと俺を踊らせる事によって、メルトレスと俺の関係を周囲の人間に教えるという方法を。




