第122話「舞踏会-2」
「さて、まずは状況の確認から始めましょうか」
ソウソーさんとメテウス兄さんの二人は他の貴族から挨拶を受けつつ、俺とマーキュリさんを連れて会場をゆっくりと移動していく。
そして、周囲を俺の記憶が確かならば、先程二人に挨拶をしていた人たちで固め、そう簡単には部外者が俺たちの下に来れなくなったところでマーキュリさんがワイングラス片手に話を切り出す。
「メテウス君」
「私の方からは特に言う事はないな。挨拶に来た貴族たちの様子にもおかしい点は無かったし、周囲の貴族たちにも妙な動きは見られないからな」
「まあ、そうでしょうね」
「流石にここで表だって動く馬鹿は居ないでやんすよ」
「……」
マーキュリさんの質問にメテウス兄さんが答える。
が、どうやらメテウス兄さんの方では特に感じる事は無かったようで、少し残念そうな顔をしている。
「ティタン、お前の方はどうだ?種類はともかく有無についてなら、私よりもお前の方がはるかに鋭いと思うんだが」
「えーと……」
と、ここでメテウス兄さんから俺へと話が振られる。
なので、俺は一度周囲を見渡し、気配を改めて探り、その上で感じた事を口に出す事にする。
「俺の方に何か嫌なものを向けている人ならチラホラと居ますね。ただ、直接何かを仕掛けてくる気配や、今にも俺に掴みかかりそうなぐらいに感情を込めている気配みたいなものは感じないです」
「なるほど、中々にいい度胸をしている奴が居るようだな」
「ふむ、嫉妬、やっかみ、妬み、侮蔑、そんな感じでやんすかね?」
「そうじゃないかしら。少し網を張れる貴族なら、ティタン君の存在について知っていても、何もおかしくはないはずだもの」
俺の言葉にメテウス兄さんが何故か険しくなっているのに対して、ソウソーさんとマーキュリさんの二人はとても落ち着いている。
どうやら俺が今感じている程度の負の感情であれば、貴族社会ではごく当たり前のものであるらしい。
まあ、実際そこまで怖れるようなものではないのだろう。
この場で事を起こせば必ず人目に触れる。
外で事を起こしてくれるなら、囮である俺に引っかかったという事。
俺に手出しを出来ないからと周りに手を出したならば……お察しだ。
「ああそれと」
と、此処で俺は別の種類の視線も感じている事を思い出す。
「さっきから時折、妙に熱っぽい視線を向けられる事があるんですけど、これは何ででしょうか?」
それはメルトレスが俺に向けてくるものによく似た視線。
そして、その出所も殆どはメルトレスと同じ年頃か、あるいはそれより少し上程度の女性からであり、何と言うか……山の中で魔獣に狙われている時に感じるものを、俺は今覚えていた。
正直、俺に対してよくない視線を向けている貴族よりもよほど怖いかもしれない。
また、同様の視線がメテウス兄さんにも向けられているようだったが……たぶん、メテウス兄さんは気づいた上で無視している。
「きゅっきゅっきゅっ、それは極々普通の事なんで気にしなくていいでやんすよ。予想通りと言えば予想通りでやんすから」
「ほう、私の弟に目を付けるとは中々に見どころがあるな。ただ、変な女にティタンはやれないな」
「えーと……」
俺の言葉にソウソーさんとメテウス兄さんは口元に笑みを浮かべつつも、何処かふざけた感じの返ししかしてくれない。
どうやらこの件については、この二人は味方になってくれないらしい。
「でも実際の所ティタン君って狙い目よね。他の貴族の息子たちと違って学園の狩猟用務員と言う職に就いているし、妾腹と言っても実家との関係は良好、見た目も身なりを整えれば、鍛えられた肉体も相まって悪くはない、性格についても真面目だから浮気される心配がない。そして現状では恋人の噂すらも無い。これを狙わない子は居ないでしょうねぇ。まあ私にはソウソーが居るから、別に惹かれないけど」
「そう……なんですか?」
俺が困っていると、マーキュリさんはそう言う視線が俺に向けられる理由について語ってくれる。
が、いまいち実感が湧かない。
メテウス兄さんに対してならば分かるが、俺に対してだとどうにも受け入れがたい。
「まあ、ティタン君が気にする必要はないわ」
「はぁ……?」
それに……はっきり言って、今挙げられた要素は外から見て分かる俺のプラスの面でしかない。
そして俺には例の獣の力と言う、特大のマイナスの面がある。
アレを見てなお好意を抱ける人間がメルトレス以外に早々居るとは思えない。
「でも実際のところティタン君に恋をしてしまった子は大変よねぇ」
「まあ、そうだろうなぁ」
「やっぱりそうですよね」
「例の魔獣化だけでも特大の爆弾でやんすからねぇ」
「それ以上に恋敵が凶あ……こほん、強力過ぎるもの。彼女を相手にしようと考える程に気骨がある女性が早々居るとは思えないわ」
「「あー……」」
「?」
マーキュリさんの言葉にメテウス兄さんとソウソーさんは納得の声を漏らしているが、俺にはどうにも理解できなかった。
恋敵と言うのは俺の勘違いでなければメルトレスの事なのだろうけど……そんな声を漏らすほどの相手なのだろうか?
そもそもメルトレスが誰かと俺を取り合おうと考えるほどの好意を抱いていると思えない。
未だにどうしてあれだけ好かれているのか俺には理解できないし。
「まあ、この話については脇に置いておきましょう。もうすぐ王もいらっしゃるし、今はそれよりも話すべき事があるわ」
「でやんすね」
「そうだな」
「分かりました」
と、どうやら主催者である王様がもうすぐ来るらしい。
会場も俄かに湧き立って来ている。
なので、俺たちは急いでこの後の段取りについて確認し合うのだった。




