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BBC-黒い血の狩人  作者: 栗木下
第三章:夜に舞う狩人
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第119話「緩和-6」

「時間もないし、手短に済ませるぞ」

 クリムさんはそう言いつつ、手に持った稽古用の棒を俺の額に向かって躊躇いなく突き出してくる。

 クリムさんの動きと気配からこの攻撃を察していた俺は、勿論難なく避けて見せる。


「今回お前は囮として活動することになる。それがどういう事かは分かるな」

「つまり、ある程度相手が襲いやすい環境を作り出す必要がある。と言う事ですよね」

「その通りだ」

 クリムさんは何度も何度も俺を狙って棒を突き出してくる。

 俺はそれを足を止めず、左右あるいは後方に向かって動く事で避け続ける。


「だから、持ち込む事自体殆ど出来ないが、お前は武器も防具も紋章魔法も無しで、十分な殺傷能力を有する手段を持った相手と一人でやり合う事になる。これは今の時点でも既に確定事項だと思った方がいい」

「でも、『緩和(イーズィング)』は持ち込めますよね」

「一応な。ただ、『緩和』に毒の軽減以上は求めるな。こういう時に使われる武器は大抵刃物だ」

「よく覚えておきます」

 やがてクリムさんの動きは単純に棒を突き出すだけのものではなくなり、棒の先端で薙いだり、払ったりするような動きと、棒の柄の方を利用した動きが加わる。

 また、鋭さも徐々にだが増してきており、少しずつ避けるのが難しくなっていく。

 だがそれでも、爺ちゃんに仕込まれた体術のおかげで、まだ避ける事が出来ている。


「他に何を持ち込めるとソウソーは言っていた?」

「色変えと展開方向の調整をして、一目で紋章魔法によるものだと分かるようにした『黒煙(ブラクスモーク)』の持ち込みは許可してもらえたみたいです。殆ど狼煙にしか使えませんけど」

「無いよりはマシだ。襲われたらすぐに使っておけ。それだけで半端な気持ちで襲ってきた連中なら退く」

「向こうも捕まるのはゴメンだから。ですね」

「そう言う事だ」

 クリムさんの攻めは更に鋭く、そして苛烈な物になっていく。

 その鋭さの前に、俺は手で棒の柄を払うように打つ事を強いられ、少しずつだが棒の先端が身体を掠め始める。

 この状況は拙い。

 もしも相手が魔法使いならば、そうでなくともこの棒が槍で、刃先に毒が塗られていれば、今の状況はもはや詰みの状況である。


「このっ……っつ!?」

「甘い」

 そう判断した俺はクリムさんの一撃を避けると同時に、クリムさんの顔面……さらに細かく言えば右目に向かって真っ直ぐに右手を伸ばす。

 が、俺の手が届くよりも遥かに速くクリムさんは動き、俺の腕の軌道上から姿を掻き消しただけでなく、棒の柄で俺の右腕を叩いて撥ね上げていた。

 そして姿勢を完全に崩されたところで、俺の喉の前にクリムさんの持つ棒が突き付けられ、俺もクリムさんも動きを止めた。


「さて、これでお前の体術の心得がどの程度かはだいたい分かったな」

 クリムさんが棒を降ろす。


「はぁー……」

 それに合わせて俺も、止めていた息をゆっくりと吐き出す。


「基礎は誰かに教えて貰ったが、殆どは我流。目的は接近してきた相手に一撃を与えて怯ませ、距離を置くための隙を作り出す事。と言ったところか」

「そこまで分かるんですか……」

「伊達で傭兵として活動していたわけじゃないからな」

 俺は乱れた呼吸を整えるべく、呼吸を繰り返す。

 だがクリムさんは汗一つ掻いた様子もない。

 その姿には、クリムさんが攻め手であり、棒を持っていた事を鑑みても、俺との間にある圧倒的すぎる実力差を感じられる姿だった。

 と言うか実戦だと棒じゃなくて槍であるし、紋章魔法も併用してくるのだから……うん、どう考えても勝てる状況が想像つかない。

 例の獣の力を使っても攻めきれない気がする。


「で、ティタン。お前、人を殺した経験があるな」

「!?」

 不意のクリムさんの質問に、俺の息が詰まる。


「何時、何処で、誰を殺した?」

「……。三年前、コンドラ山で山賊を五人ほど」

 俺はクリムさんの顔を一瞥し、話しても問題がないか一瞬だけ考えた後、口を開いた。


「そうか。まあ、山賊が相手なら仕方がないな。しかし三年前となると……ボースミス伯爵領に余所から盗賊団が流れ込んできて、それをグランド・ボースミスの指揮下で騎士団が壊滅させた件だったか」

「はい、それの残党です。どうにもまだボースミス伯爵領の村を狙っていたようだったので」

「なるほどな。それなら仕方がないな」

 クリムさんは俺の話を聞きつつ、稽古用の棒を壁に立てかけ、代わりに稽古用の木剣を手に持つ。

 どうやら今度は剣で俺の稽古をするつもりであるらしい。


「その……どうして分かったんですか?俺にその経験がある事が」

「俺に攻撃を仕掛けた時の躊躇いのなさだな。アレは結果が想像できないが故の躊躇いのなさではなく、結果を理解しているが故の躊躇いのなさだった。アレを見れば、経験があるかないかぐらいかは分かる」

「なるほど……」

 クリムさんが剣を構える。

 その姿は素人の俺が見ても見事な物であり、槍程でなくとも十分に扱えることを示しているものだった。


「相手を選んで殺しているのなら、俺は何も言わん。俺もお前の歳の頃には何十人と殺していたしな」

「はい」

 クリムさんが剣を振る。

 その動きはさっきの最後のやり取り程鋭くない。

 が、直ぐに先程の棒の時と同じように鋭くなっていく事は想像に難くなかった。


「だが今回はよほど追い詰められない限り殺すな。城の中で人を殺したら、正当防衛でも色々と面倒な事になるし、死体からは生きている奴ほど情報は取れない。特に今回のような場合にはな」

「……。善処します」

 クリムさんの剣の動きは徐々に鋭くなっていく。

 その鋭さは、使っているのが木剣であるのに、まるで鉄製かつ刃引きされていない剣を相手にしていると俺に感じさせるようなものだった。


「気を付けろティタン。連中だって一枚岩じゃない。複数の勢力が別個に襲ってくる可能性もある」

「はい」

 やはりと言うべきか、少しずつ俺は追い詰められていく。

 もしも実戦でこんな状況になったなら……そう思ったなら、対抗策は色々と考えておくべきだろう。


「足も思考も止めるな。止めたら死ぬぞ」

「はい」

 と、そうして考えている間にもクリムさんの動きは鋭くなり、俺の処理能力は限界に近づいていく。


「生き残るためにはなんだって利用しろ。いいな」

「……。はい」

 そして、俺はまたもや喉元に刃先を突き付けられるのだった。

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