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BBC-黒い血の狩人  作者: 栗木下
第三章:夜に舞う狩人
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第118話「緩和-5」

「これは……どういう状況なんだ?」

 野外学習告知の羊皮紙を貼り終った俺が闇の塔(男子寮)の横に広がる校庭にやって来てまず目にしたのは、年少の男子生徒たちが集まって壁のようになり、その囲いの中心辺りに居るクリムさんの姿だった。

 しかもよく見れば、闇の塔の窓からもの珍しそうに眺めている生徒の姿も見える。


「ようし、何時でもいいぞ」

 場の雰囲気が荒れていると言う事はない。

 いや、仮に荒れていたとしてもクリムさんなら何の問題もなく捌けてしまいそうな気がするが、それはさておいてだ。

 何となくだが、クリムさんがこの場に集まっている生徒たちに何かを見せようとしている気がする。


「で、では行きます!」

 クリムさんの正面に居る生徒の一人が声を上げ、クリムさんに向かって右手を伸ばす。

 と同時にその生徒の背後に隠れていた別の生徒たちが剣呑な雰囲気を出し始め……


「『火の矢(ファイアアロー)』!」

「『火の玉(ファイアボール)』!」

「『闇の矢(ダークアロー)』!」

「『土の刃(ソイルエッジ)』!」

 声を上げた生徒からは赤く燃える火の矢が真っ直ぐに放たれ、その後ろにいた生徒たちからは三つの紋章魔法がそれぞれ別の軌道で放たれる。


「クリムさん!?」

 俺はその光景に思わず声を上げていた。

 正面からは『火の矢』が、その陰に隠れるように『闇の矢』が、上からは放物線軌道を描いて『火の玉』が、側面を突くように弧を描いて『土の刃』が飛び、その全てがクリムさんに向かって正確な狙いを伴って飛んできている。

 クリムさんが何をする気なのかは分からないが、どう転んでも大惨事になる未来しか見えない状況だった。

 だがその直後に俺は信じられないものを見ることになる。


「ん?ティタンか。少し待っていろ」

 クリムさんは自分に迫るそれらなど何でないかのように、手に持っていた木製の稽古用の棒を極々自然に構える。


「ふっ!」

 そしてクリムさんのすぐ前にまで『火の矢』が迫ったところで、軽く息を吐き出しながら棒を突き出す。


「!?」

 すると『火の矢』はあっけなく砕け散り、その陰に隠れて飛んでいた『闇の矢』も難なく破壊されてしまう。

 これだけでも十分に驚くべき光景だが、驚くべき光景はそれで止まらなかった。


「はっ!」

 クリムさんは棒を突き出した姿勢から、流れるような動作で棒を振り、側面から迫って来ていた『土の刃』を叩き落とし、破壊する。


「ふんっ!」

 そしてそのまま半回転し、上から迫って来ていた『火の玉』をその姿を見ることなく破壊してみせる。


「と、こんな感じだな」

 そうして最後に周囲に火の粉を散らしながら、棒を一振りして、元の姿勢に戻る。

 その姿には、ほんの僅かな息の乱れも、緊張も見られなかった。

 で、そんな有り得ないものを見せられた俺と周囲の男子生徒たちは……


「「「……」」」

 全員揃って大口を開け、呆然としていた。


「おいお前たち、何を呆然としているんだ。これぐらいは出来ると言っていただろうが」

 クリムさんは何でもないようにそう言うが……これで呆然とするなと言う方が無理だと思う。

 だってそうだろう。

 飛んでくる魔法に触れて軌道を逸らすのは俺もライ・オドルとの決闘でやった事だが、あれは『血質(アッスーム)詐称(レッドブラッド)』を解除して、大量の魔力をその身に帯びていた状態の上に、弾く対象も一つで、軌道も単純だった。

 だが、今クリムさんがしたのはそんな生易しいものではない。


「いやいやいや、何ですか今のは!?」

「ティタン、お前がそれを言うのか……」

「言いますよ!言いたくもなりますよ!?」

 対象は四つで、軌道も属性もバラバラ。

 得物は稽古用の何の変哲もないただの木の棒。

 それが不意討ち気味に放たれている。

 しかも、クリムさんはそれを弾くのではなく、破壊して見せている。

 それも極自然に、何の無茶もなく。

 紋章魔法に疎い俺ですら有り得ないと言い切れるような技である。


「はぁ……別にただの打ち落としだ。確かに誰にでも出来るような技じゃないが、一流だとか、天才だとか言われるような剣士や槍使いなら、打ち落とせる数に差はあっても大抵は出来る技だ。別に誇る事じゃない。それにお前もこの間似た様な事をやっただろうが」

「……」

 いや確かにやったけれど……それでもクリムさんのそれは有り得ないと思います。


「ほら、お前たちもいい加減に戻ってこい。実戦でそんな風に呆けていたら、あっという間にあの世行きだぞ」

「「「!?」」」

 クリムさんの言葉で、俺以外の男子生徒たちも我を取り戻し始める。

 そしてすぐさま、今目の前で起きた出来事についての感想を語り合い始める。

 尤も、感想の九割は俺が抱いた物と同じようなものであるようだが。


「いいかお前たち、今のは魔法使いであるお前たちが修得する必要がある技術ではない。だが、現実としてこういう事が出来る人間が居る事はよく覚えておけ。それが有り得る事を知っているのと、知らないのとでは、いざ遭遇した時に受けるショックの大きさが段違いだからな」

「「「は、はい!」」」

 男子生徒たちは全員背筋を正し、揃って声を上げる。


「それと今の攻撃は中々に良い攻撃だったぞ。相手の不意を衝くと言うのは、古典的だが有効な戦術だからな。次はもっと練ってやってみるといい」

「「「あ、ありがとうございます!!」」」

 そして、クリムさんに攻撃を仕掛けた生徒たちは一糸乱れぬ動きで頭を下げる。

 どうやら今の一連のやりとりで、この場に居る全員がクリムさんの実力が理解したらしい。


「ようし解散だ!」

「「「はい!」」」

 そうして男子生徒たちは去って行った。


「さて、ティタン。稽古を始めるか」

「よ、よろしくお願いします」

 で、俺はクリムさんのにやりとした表情に、僅かではあるが冷や汗を掻き始めていた。

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