第112話「茶会-4」
「このお茶、凄く美味しいですね。こんなお茶初めて飲みました」
「ふふっ、フレグラー侯爵家所有の茶畑には高品質の茶葉が採れる茶の木があるのですが、その中でも今年最初に摘み取った葉から作った茶です」
「と言う事は……王室御用達!?」
「はい、そうなりますね」
さて、茶会は無事に始まった。
イニムが全員のカップに程よい温度の茶を注ぎ、部屋中に茶のいい匂いが広がる。
そして、机の上には見るからに高級そうな皿が乗せられ、その上には今日の為に用意したのであろう一目見ただけでも美味しそうだと思えるクッキーが並べられている。
「わわわ……」
「大丈夫です。王室御用達と言っても、第三王女である私が私費で購入できる程度ですから。それにこちらのクッキーに比べたら、希少性は及びませんし」
「このクッキーもしかして……」
「ええ、普段は学園にパンを卸してくれているパン屋『リコリス』の女主人が作った一日限定百個のクッキーです。入手には苦労しました」
茶の味は?
勿論とても美味しい。
俺の極々限られた知識の知る限りではあるが、これ以上の茶は無いと思える程に美味しい。
「貴族でも店に並ばないと買えないアレが手に入ったんですか!?」
「ええ、手に入ったのです。とても運のいい事に」
「凄い……私ずっと食べてみたかったんです」
「ええ、私もです。本当に幸運でした。だってイニムが買いに行ったら、丁度売り出した瞬間だったのですから。きっと箒星の神の御加護ですね」
クッキーの味は?
こちらも極上の一品だと言える。
クッキーそのものの味も素晴らしいが、クッキーに練り込まれたバジルの香りも良い。
うん、これ程のクッキーならば、メルトレスが王室御用達の茶を持ってくるのはむしろ当然の選択と言うか、出さなければクッキーの味に茶が追いつけなかったのではないかと思う。
「セーレさん、貴女は演劇男爵ノンフィー様の劇は?」
「女盗賊と英雄王の恋のならば春休みの間に一度」
「あの劇はとても素晴らしかったですわよね」
「そうですね。女盗賊が……」
メルトレスとセーレの会話は時にゲルドとイニムの二人が加わる形で滞りなく続いている。
その様子はとても楽し気で、メルトレスの顔には『鋼鉄姫』と称されるような鉄壁の笑顔ではなく、自然な笑顔が浮かんでいる。
ああ、とてもいい空気である。
「『積層詠唱』についてですが……」
「そう言う事でしたら今度……」
「私のオススメとしては……」
「では、天体観測など……」
とてもいい空気なのだが……
「ボソッ……(これ、僕たち居ない方がいいんじゃないか?)」
「……」
話の展開と流れが速過ぎる上に不規則であるため、俺とハーアルターは他四人が纏っている空気から完全に取り残されていた。
ああ、茶が美味いなぁ……。
だがしかし、ただただぼうっとしているわけにはいかない。
と言うのもだ。
「ティタン様。ティタン様がお作りになられた骨細工の首飾りを見せて頂けませんか?」
この茶会の本来の目的は俺の作った骨細工をメルトレスが見る事なのだから。
この目的を、俺は聞き耳と覗き見がある事を踏まえ、油断なく、そつなくこなさなければならないのでる。
「ええ、構いませんよ。ただ、素人が趣味で作ったものだという事は忘れないでくださいね」
「はい、存じております」
俺は小包をテーブルの上に乗せ、箱を開く。
「これが……」
箱の中から出てきたのは、ニクロムソンの頭骨と肋骨に多少の加工と黒の塗装を施し、ほぼそのままの形状で首飾りにしたもの。
「ふむ、デザインはともかく、細かい所まできちんと加工が行き届いているな」
「ありがとう、ハーアルター」
ハーアルターの言うとおり、尖った部分についてはきちんと削って丸みを持たせてあるため、服や肌に触れても傷つく事が無いようになっている。
デザインのセンスのなさは……まあ、仕方がないだろう。
俺は狩人であって、装飾品を作る職人ではない。
「これ、骨なんですよね。石とかを削り出したんじゃなくて」
「ええ、そうですよ」
セーレはこの首飾りが本当に骨であるのかについて疑問を抱いているらしい。
きっと黒の塗装とよく磨かれて光を反射するようになった表面からそう言う印象を受けているのだろう。
「ティタン様、持って見てもいいですか?」
「構いません」
メルトレスが慎重な手つきで首飾りを持ち上げ、目の近くにまで寄せ、何かと比べるような目つきで観察する。
「見た目よりも軽いんですね。それにしても一体どうやって……」
「姫様、それを訊くのはどうかと」
「っつ!すみません、ティタン様。造り方は秘密にしておくべきものですよね」
「えーと、まあ、秘密でお願いします」
個人的にはこの場に居る五人に聞かせるだけならば、この骨細工の作り方……特に肝となる薬の造り方について教えても良い気がするのだが、聞き耳を立てられている現状では止めておくべきだろう。
これで聞き耳を立てているのが実は俺が知っているその人ではなく、別の誰かだったりしたら、笑い話にもならない。
「それでそのティタン様……」
「首飾りならメルトレスさんに差し上げますよ。元々そのつもりで造っていましたから」
「ありがとうございます!」
その後、首飾りはある意味ではソウソーさんの言った通りにメルトレスの手に渡り、俺たちは幾らかの雑談を交わした後、茶会を終えることになったのだった。




