第108話「次兄メテウス-8」
ティタンが帰って来た日の夜、学園の光の塔。
「メルトレス様。メルトレス様にお会いしたいと言う方が来ていますが、いかがいたしましょうか?」
「こんな時間に?随分と非常識ね」
月がすっかり昇り、殆ど全ての学生はもう寝るだけと言う時間帯に、メルトレスの部屋を訪れる者が居た。
「イニム……こんな時間に来るような人間と姫様を会わせる必要があるのか?」
「私もそう思いましたが、名乗った名前が名前でしたので、一応」
当然、こんな時間に親しくもない相手の部屋を約束もなく訪ねるというのはこの上なく失礼な事であり、本来ならば議論の余地なく帰されても一切の文句を言えない。
が、イニムはそうと分かっていて、ゲルドとメルトレスから訝しむような目を向けられる事も理解した上で、今メルトレスに訪ねてきた人物と会うかを尋ねていた。
「……。その人の名前は?」
イニムのその態度に感じる事があったのか、メルトレスはまず名前を訊く。
「エレンスゲ・ニドグラブ。学園の六年生で、私たちの先輩に当たる方ですが、今回は学園の生徒としてではなくボースミス伯爵家メテウス・ボースミス様のメッセンジャーとして来たと本人は言っています」
「ニドグラブ……ボースミス伯爵家子飼いの家だったわね」
「エレンスゲ先輩自身については、様々な方との付き合いがある方ですね」
イニムの口から出てきた名前を受けて、メルトレスは悩み始める。
「……(ボースミス伯爵家がここで出てくる事それ自体は別におかしくもない。昨日の夕方から今日の夕方までティタン様はボースミス伯爵家の馬車に乗って学園の外に出ていた。だから、その際に私との茶会についての話を伯爵家に話していても不思議ではないし、伯爵家が聞いたなら口を出してくる事も予想はしていた)」
「メルトレス様?」
「……(けれど、この時間にわざわざ訪ねてくるのはどういう事?伯爵家に私の心証をわざわざ悪くするような真似をする意味なんて無いと思うのだけれど……とにかく、話は聞いてみた方がいいわね。このままでは判断のしようがない)」
そうしてしばらくの間悩んだメルトレスは、結論を出すとイニムにエレンスゲを部屋の中に招くように指示を出す。
「夜分遅く失礼いたします。メルトレス・エレメー・オースティア様。私、エレンスゲ・ニドグラブと申します。今日は、ティタン・ボースミス様の兄上であるメテウス・ボースミス様からの火急のメッセージを伝えに参りました」
「「……」」
「聞きましょう」
部屋の中に入ってきたエレンスゲは、ティタンには見えないようにしていた金色の目をメルトレスに向けつつ、前置きなしに本題に入ろうとする。
そんなエレンスゲの態度にゲルドとイニムの二人は若干眉を顰めるが、メルトレスは僅かにも表情を変えずに続きを促す。
尤も、内心ではエレンスゲに対して、これでどうでもいい話をするならば、直ぐに叩き出してしまおうなどと、考えていたりしたのだが。
「では単刀直入に申します。来週開かれるというメルトレス様とティタン様の茶会、そこにハーアルター・ターンドとセーレ・クラムの二名も招いて頂きたいのです」
「「……?」」
だが、メルトレスがそんな事を考えている中、エレンスゲの口から出てきたのはメルトレスにとっては想像もしていなかった提案だった。
「……。理由が分かりませんね。どういう事ですか?」
王女主催の茶会に第三者が口を出して別の人物を招く。
はっきり言ってしまえば、非常識極まりない提案である。
だが、非常識である以上にこの提案はメルトレスにとっては理解しがたいものだった。
何故ならば、今エレンスゲの口から出てきた二人の名前は、ボースミス伯爵家とは縁もゆかりもない人物の名前だったからだ。
「簡単に申し上げさせていただくならば、その方がボースミス伯爵家にとって都合が良いからです」
「ボースミス伯爵家にとって都合がいい?ターンド伯爵家の人間と平民の少女を招く事が、ですか?」
「ええそうです」
「「……」」
エレンスゲは笑みを崩さず、メルトレスも無表情のまま言葉を紡ぐ。
だがゲルドとイニムの二人は、両者の間に目には見えない何かが飛び交っているように感じられた。
それもとても鋭い刃物あるいは雷のような何かが。
「王女様。人の中には他者を羨み、妬み、怨み、破滅させようとする。その為ならば己の才の全てを使っても構わないと言う程の悪意を持つ者とて居るのです。そのような人物が行動を起こした際、王女様自身は大丈夫かもしれませんが、ティタン様が大丈夫とは限らないのです」
「……」
エレンスゲが口を開き、ゆっくりと話し始める。
「ですからボースミス伯爵家は此度の茶会についてこう提案させていただきます。『ティタン・ボースミスだけでなくハーアルター・ターンドとセーレ・クラムの両名を招く事で、茶会の目的を立会人として先日の闘技演習での素晴らしい戦いを讃える為にしてはどうでしょうか?』と」
「……」
話の筋は通っている。
そして、実際にそうしてしまった方が、仮に誰かの目に茶会の光景が触れてしまっても、ティタンに迷惑をかけずに済むという事も理解できた。
「学園内の生徒間での事情に多少精通している身として申し上げさせていただくのであれば、王女様主催で茶会が行われると言う事は多少耳聡い者ならば既に知っている事です」
「……」
「ですので、よくお考えくださいませ」
「……。そうね、よく考えさせてもらうわ」
表情は変えずに、メルトレスとエレンスゲがお互いの瞳を睨み付けるように見る。
「では、失礼させていただきます」
そして、暫く睨み合った後、エレンスゲはメルトレスの部屋から去って行った。




