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BBC-黒い血の狩人  作者: 栗木下
第三章:夜に舞う狩人
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第107話「次兄メテウス-7」

「それにしてもニドグラブか……」

 ニドグラブと言う家の名前には俺も覚えがあった。

 記憶が間違っていないなら、ボースミス伯爵家に仕えている男爵家の一つであり、当主の男性は全体的に丸っこく、性格もその外見に相応しい温和かつ楽しげなものだったはずで、爺ちゃんが死んで俺がボースミス伯爵家に引き取られ、微妙な立場にあった頃から優しく接してくれた覚えもある。


「覚えているのか」

「それはまあ」

 今思い出してみれば、ニドグラブ男爵は俺に近い歳の娘がいると話していた気もする。

 なるほど、それがエレンスゲか。


「ありがとうございます。ティタン様」

「いやまあ、貴女の父上には俺も世話になりましたから」

 俺は改めてエレンスゲの姿を良く見てみる。

 すると確かにエレンスゲはニドグラブ男爵の娘なのだと窺わせる部分が見て取れた。

 具体的に言うと、頬や腕の辺りの丸さや、髪の毛の質などからそう言う気配がする。


「さて、挨拶も済んだところで改めて説明させてもらうとだ。彼女の名前はエレンスゲ・ニドグラブ、学園の六年生だ。そして、お前が察した通り、手製の像と視覚を共有する紋章魔法を使える」

「……」

 メテウス兄さんはそう言うと、卵に翼の生えた蛇が巻き付いている像の頭を撫でる。

 で、メテウス兄さんは気づいていないようだが、エレンスゲの頬がメテウス兄さんの撫でる手に合わせるように少しだけ緩んでおり、頬も赤くなっている気がした。

 まあ気にしないでおこう。

 それにしても、手製と言う事はあの素焼きの像はエレンスゲが自分で作ったものと言う事か。

 うん、造形の細かさからして中々の出来であるし、これならば視線に気づかない限りは言われるまで分からないかもしれない。


「色々な事に使えそうな魔法だね」

「そうだな。まだまだ開発途中の紋章魔法だが、それでも有用な事は確かだ」

 有用性については言う必要もないだろう。

 本人が入れない場所、行けない場所でも、像を持ち込めれば状況を確認できるのだから。

 使い道は幾らでもある。

 ああ、それと、そう言う魔法を使うのなら、エレンスゲの目にかかるほど長い前髪にも納得出来る。

 前髪が見えれば自分自身の目で、そうでなければ像の目と言う事で、視野の混同を容易に防げるわけだし。


「そしてこの紋章魔法に加えて、エレンスゲは学園内で一定の人脈を築いているから、種々の噂や情報について知っているし、女子であるから、男であるお前が立ち入れない女子寮内での情報も得られる。私に直接連絡する手段も持っている。これはお前にとっても大きな助けになるはずだ」

「んー、まあ、そうかな」

 女子寮内での情報は……果たして必要なのだろうか?

 女子寮に用が無いとは言わないけれど、わざわざ秘密裏に探りをいれるような状況が来るとは現状では思えない。

 メテウス兄さんに褒められたことによってエレンスゲのにやけ顔の度合いが増しているのは……俺から言う事ではないか。


「ただ、一つ言っておく。エレンスゲは戦いの為に紋章魔法を学んでいない。エレンスゲが紋章魔法を学んでいるのは、あくまでも領地運営と生活の為だ。故に荒事に彼女を巻き込んだりはするな。いいな」

「言われなくても」

 戦いの為の紋章魔法は学んでいない……か。

 確かに彼女の筋肉の付き方は俺やゴーリ班長、クリムさんのように日常的に戦いの場に赴くものではない。

 手の状態にしても、戦う者と言うよりは農民や鍛冶師のそれに近い感じがする。

 そう言えばニドグラブ男爵家はボースミス伯爵領で村一つの運営を任されていて、領民と一緒に農作業に従事している姿も良く見られると言う話を、コンドラ山に来た行商人から聞いた気がする。

 うん、メテウス兄さんの言うとおり、荒事には巻き込まない方が良さそうだ。

 そもそも、関わりのない他人を荒事に巻き込む事それ自体が、俺としては好ましくない事柄であるけれど。


「そうか、ならいい」

 メテウス兄さんが俺の答えに満足したような笑みを浮かべる。

 その後ろでエレンスゲが今にも跳ねそうなぐらいに嬉しがっている点については……もう何も言うまい。

 メテウス兄さんからは結婚の話どころか、恋人の噂も聞こえてこないとソウソーさんも言っていたしね。

 成っても幸せな人間が何人か増えるだけだ。

 悪い事じゃない。


「さて、それでは顔合わせはこれぐらいでいいか」

「ん?俺については説明しなくていいの?」

「私が説明していないと思うか?それにエレンスゲは先日の闘技演習も見ているし、今日の事もある。改めて説明する必要はないだろう」

「はい、大丈夫です」

 大丈夫と言うエレンスゲの表情は何処か苦笑しているようだった。

 ふむ、視線だけで察するというのはそこまで特別な技術でもないと思うんだが……まあ、エレンスゲは戦う人間ではないし、きっとエレンスゲにとっては信じがたい話だったのだろう。


「キュクロ、ティタンに屋敷の中について説明するのは終わっているな」

「勿論終わっております」

 今までずっと俺たちの事を静かに傍観していたキュクロさんが声を発する。

 その振る舞いは本当に素人目に見ても見事な物である。


「よし、ではまずティタンを学園に馬車で送れ。それで馬車が帰ってきたら、エレンスゲを学園に送ろう。そうすれば妙な噂が立つ事もない」

「かしこまりました。では、ティタン様。こちらへ」

「分かり……」

「……」

「分かった」

 そしてエレンスゲとの顔合わせを終えた俺は、キュクロさんに連れられて馬車に乗り込み、学園へと戻ったのだった。

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