第104話「次兄メテウス-4」
「ここが……」
初めて見るボースミス伯爵家の屋敷は、領地にある飾り気の殆ど無い本屋敷に比べると多少小さ目だが、同時に豪華な感じがした。
具体的に言えば、柱、壁、窓枠、扉の一つ一つにも何かしらの手が入っており、華美と言う程ではないが、よく見れば手がかかっているのが分かる程度に装飾が施されていた。
尤も、この屋敷の周囲にある他の貴族の屋敷に比べれば、これでもだいぶ控えめなようだが。
「ああ、ボースミス伯爵家の王都屋敷だ。ボースミス伯爵家に縁がある者が王都で宿泊する場合には、だいたいがこの屋敷に泊まることになる」
俺たちを降ろした馬車が屋敷の隅の方へと向かっていく。
どうやらそちらの方に馬小屋などがあるらしい。
「何と言うか……」
そして、馬車が向かっていく先を見るついでに、俺は屋敷の庭を見てみる。
すると、灯りが月明かりしかないので、正確に判別する事は出来なかったが、屋敷の庭にジャッジベリー、ミガワリーフ、ヘモティ、それに各種薬草と香草がきちんと手入れされた状態で植えられているのが見えた。
他の貴族の屋敷に見た目が華やかな草花の類が大量に植えられているのとは実に対照的である。
「凄くボースミス伯爵領らしい屋敷な気がする」
「ああ、私もそう思う。他の貴族からの評判は余りよろしくないようだがな」
うん、代々王立オースティア魔紋学園に子供たちが通い、貴族であると同時に紋章魔法使いでもあるボースミス伯爵らしい屋敷だと思う。
それに俺の記憶が間違っていないなら、ボースミス伯爵領から王都へは、農作物に木材だけじゃなくて、紋章魔法の素材が定期的に輸出されているはずだし、一応は北の国境線を守っている家なのだから、見た目を気にするのは最低限で、中身を優先すると言うのも分かる。
うん、やっぱりボースミス伯爵らしい屋敷だと思う。
他の貴族からの評判が悪いのは……まあ、一見すると地味目だからなんだろう。
ならわざわざ変える必要もないだろう。
見た目ばかりにこだわる相手とボースミス伯爵家の相性がいいとは思えないし。
「さ、そろそろ中に入るぞ」
「あ、うん」
と、何時までも庭を眺めているわけにはいかないので、俺はメテウス兄さんに連れられて屋敷の中に入る。
「お帰りなさいませ。メテウス様」
「ああ、今帰った。キュクロ」
出迎えてくれたのは?
白髪に左目を覆う眼帯が特徴的な老執事の男性だ。
彼は俺とメテウス兄さんの姿を認識すると、礼儀作法を良く知らない俺が見ても素晴らしいと言い切れる礼をしてみせる。
「そしてそちらの方はティタン様でございますね。私、ボースミス伯爵家王都屋敷の管理人を勤めさせていただいておりますキュクロ・マネジティアと申します」
「あ、はい。ティタン・ボースミスです。よろしくお願いし……」
そして俺もキュクロさんに合わせて、拙いながらも礼をしようとする。
が、俺が礼をするよりも早くキュクロさんが俺の顔に掌を向けて言う。
「ティタン様、貴方は主の側です。従者である私に向けて軽々と頭を下げられては、他の方々に示しがつきません」
「……」
「背筋を伸ばし、堂々と、メテウス様のように為さってください」
「えーと……」
それは貴族としてあるべき姿を俺に示す言葉。
生粋の狩人である俺にとっては、少々納得しがたい言葉だった。
「キュクロ、ティタンの生まれは知っているだろう。無理を言うな」
「それは分かっておりますとも。が、最初に言わず、後から言ったのでは説得力がございませぬ故」
「はぁ……お前は相変わらずの頑固さだな」
「それが役目ですので」
キュクロさんが俺の事を思って言ってくれているのは分かる。
あの時は言われなかったのに、と言う事で、後から言ったのでは説得力がないというのも分かる。
となると……
「その……よろしく頼む。キュクロ。これでいいのかな?」
「ええ、ご立派です。今はそれで問題御座いません」
俺はメテウス兄さんの真似をして、背筋を伸ばし、出来るだけの笑顔を浮かべ、キュクロさんに話しかける。
それに対して、キュクロさんも柔らかい笑みを浮かべる。
「キュクロ、夕飯は?」
「勿論出来ております。どうぞ食堂へ」
「分かった」
俺の挨拶が無事に合格点を貰えたところで、メテウス兄さんはキュクロに先導されて、食堂へ向かう。
そして、俺も二人に合わせて屋敷の奥へと移動する。
で、ただ歩くのもどうかと思って、屋敷の様子も観察してみる。
「……」
「ティタン?」
「いや、あまり人は多くないんだなと思って」
屋敷の中の気配はそんなに多くない。
俺の目が届かない所で色々と動いている気配はあるが、全部合わせても二十には届かないだろう。
「この屋敷は伯爵家の屋敷としては小さ目だからな。当然、普段から働いている人間の数も少なくなる」
「普段から?」
「夜会の時のように人手がいる時だけ、外から雇い入れて、人手を増やすのです。流石に我々だけでは手が回らない事もありますからな」
「なるほど」
メテウス兄さんとキュクロさんの言葉に俺は小さく頷く。
確かにこの屋敷の大きさなら、普段から大人数で回すのはむしろ良くないのかもしれない。
「さ、此処が食堂でございます。どうぞ中へ」
「分かり……」
「……」
「分かった」
やがて俺たちは食堂前の扉に辿り着き、キュクロさんが開けた扉から中に入った。




