第102話「次兄メテウス-2」
「ちょ、待ってくれメテウス兄さん!俺は妾ば……」
「おっと、この件に関しては妾腹だなんだと言わせるつもりはないぞ。兄上は勿論の事、義姉上、母上、ドーラさんも賛成している。誰が何と言おうとも、お前はボースミス伯爵家の三男であり、私の弟だ。誰が相手だろうとそれを曲げさせる気はない。お前自身にもだ」
「ぐっ……」
俺を社交界デビューさせるというメテウス兄さんの言葉に、俺は即座に反論をしようとする。
が、俺の反論を予想していたのだろう、メテウス兄さんの口からは淀みなく俺をボースミス伯爵家だと認める言葉が出てくる。
そして、ボースミス伯爵家の一員だと認められるという事は、どうごねようとも社交界に出ざるを得ないという事である。
それにしてもだ。
「グラント兄さんにディア様、オキヨさんだけじゃなくて、母さんまで賛成してるのか……」
以前から俺の事を可愛がってくれていたグラント兄さんと本妻であるディア様が賛成するのは分かる。
グラント兄さんの妻であるオキヨさんが賛成するのも、あの二人の仲の良さを考えたら理解できる。
けれど母さんまで賛成するのは……多少でなく驚いた。
こういう件では出来るだけ波風立たないようにするのが母さんだし。
「ああそうだ。ちなみに父上はこの件に関しては不干渉を貫くようだ。まあ、実質的にはお前の事を認めているようなものだな」
「……」
父上はどうでもいい。
しかしそうなると……この件はグラント兄さんの娘であるアイと、一応は俺の妹でもあるウェル、と言う家の事に口を出せるだけの歳に至っていない二人を除く家族全員が賛成している事になるのか……うん、これはもう俺が抵抗してもどうしようもないのかもしれない。
「まあ、安心しろ。社交界に出ると言っても最低限だし、無理を言っているのは私の方だからな。出来る限りのサポートはする」
「具体的には?」
それならば方針を変えて、自分から積極的に行った方がまだいい。
消極的に事を進めるよりも、積極的に事を進めた方がボースミス伯爵家にかかる負担も少なくて済むはずだ。
「まず、出る夜会は最低限に抑える。具体的に言えば、狩猟用務員としての仕事があるならそちらを優先させるようにする」
「ふむふむ」
「そして、お前名指ししての招待状が来ない限りは夜会に出すつもりはない」
「なるほど」
「そう言うわけだから、現状でお前が出る事が確定しているのは、我がボースミス伯爵家が主催する晩餐会が一つに、オースティア王家が主催する夜会……恐らくは舞踏会が一つ。後は……まあ、あっても一つか二つぐらいだろう。お前をわざわざ呼ぼうと思う人間はそう居ないはずだからな」
「……」
つまり多くても三件か四件程度。
それぐらいなら、狩猟用務員の仕事にも支障は来たさずに済むかもしれない。
「ところでメテウス。マナーとかはどうするでやんすか?ティタンはその辺りさっぱりだと思うんでやんすけど」
と、ここで横で話を聞いていたソウソーさんが首を突っ込んでくる。
「安心しろ。私の方で最低限守っておくべきマナーについては既にまとめてある。これさえ覚えておけば、よほど厳しくマナーを守らせたがる奴が居ない限りは問題ない」
「ほうほう、これは中々でやんすねぇ」
メテウス兄さんから薄い冊子のような物を受け取ったソウソーさんは中身を見て、感心した様子で唸っている。
あのソウソーさんが唸るという事は、相当出来が良いのだろう。
流石はメテウス兄さんである。
「服についてはどうするでやんすか?」
「勿論、作らせる。流石に狩人としての服で夜会に出させるわけにはいかないからな。と言うか、それがあるからこそ、ティタンの出勤予定を貰うついでに今日は学園に来たんだ」
夜会用の服か……まあ、確かに必要だろう。
今の俺は狩人として活動するための服しか持っていないし。
この服で夜会に行ったら、ボースミス伯爵家の名にただ泥を塗るだけだろう。
「そう言うわけだからティタン。来週の休みに屋敷で採寸をしようと思っている。大丈夫か?」
と、そうして自分の中で新しい服を作る必要性を理解していた時だった。
「へ?来週?」
「「「……」」」
「ああ、来週の休みだ。流石に今週は急すぎて無理だろう」
メテウス兄さんの提示した日付に俺は思わず間の抜けた答えを返してしまう。
そして何となくだが、背後でソウソーさんたちがニヤニヤしている気配も感じる。
と言うのもだ。
「その、ごめんなさいメテウス兄さん。その日はちょっと先約が」
「ふむ、先約があるのか……なら仕方がないな。ああ、参考までに聞いておくが、どういう約束なんだ?兄としてお前の友人関係については少し知っておきたい」
「えーと、メルトレスさんたちと茶会の予定が入ってます」
「そうか、茶会か……」
メテウス兄さんは感心した様子で何度か肯く。
「ん?メルトレス?」
「……」
そしてその事に気付いたのか何かを考え込み始め、
「おい待てティタン。そのメルトレスさんと言うのは、学園の四年生のメルトレスさんか?」
「その学園の四年生のメルトレスさんです」
俺の言葉に頬を引き攣らせ、
「「……」」
しばしの沈黙ののち、
「ゴーリさん、この愚弟は明日休みですか?」
「休みだな。夜番でもないぞ。それと今日の仕事はもうほとんど終わっている」
「……」
とても冷静に、けれど刺すような気配を俺の方に向けつつ、ゴーリ班長に俺の予定を確認し、
「ならば、今から明後日の朝まで借りていきます。状況が予想以上に逼迫しているようなので」
「いっ!?」
俺の頭を腕でがっちりと抑え込むと、
「今日はお騒がせして申し訳ありませんでした」
「おう」
「また来るでやんすよー」
「次は土産ぐらい持って来い」
ゴーリ班長たちに挨拶を済ませ、
「では失礼」
「ちょっ、いたっ!?メテウス兄さん痛い!?」
痛みにもがく俺の事を無視して、学園の入口に停められていたボースミス家の馬車まで引き摺って行ったのだった。
ボースミス伯爵家内の力関係が地味に出ております。
04/02誤字訂正




