第100話「決闘の後始末-3」
ティタンとライの闘技演習から数日後、オースティア城の一室。
「以上が報告となります」
「ご苦労。では、通常の任務に戻れ」
「はっ!了解いたしました」
椅子の一つ一つにまで職人が技巧を凝らし、どこにも安っぽい品が見当たらない、素人目で見ても恐ろしいほどのお金がかけられていると分かるその部屋では、その日一つの話し合いが行われる事になっていた。
「では、失礼いたします!」
王立騎士団オースティア王親衛隊に所属するカイリ・キオーガが報告を終え、部屋の外に出ていくと、それに合わせるように部屋の中に残った二人、学園長と部屋の主である親衛隊隊長が、長い机を挟んで正面から向き合うように座る。
「さて、それでは話し合いを始めようかね。学園長殿」
王立騎士団オースティア王親衛隊、親衛隊隊長……ラショナル・キャバリーが茶色がかった黒目を学園長に対して向ける。
その目には一片のふざけた気配もなく、まるで戦場で剣を抜き、構えているような気配すら漂っていた。
「話し合い?通達の間違いじゃろう。親衛隊隊長殿」
対する王立オースティア魔紋学園学園長……ジニアス・カレッジも金色の目を親衛隊隊長に向ける。
その目には普段の学園長からは想像できないような冷たい光が宿っており、正面に居る親衛隊隊長が何をしても容易く返して見せようという気概に満ちてもいた。
「貴方が頑張るならば、まだ結果は分かりませんが?」
「儂が頑張るなら……のう。やれやれ、よく言うわい。ま、頑張るべきところでは老体なりに頑張るがの」
部屋の空気は重く、冷たい。
が、二人はそんな部屋の空気など気にした様子もなく、自分に用意された茶を啜る。
「ではまずウィド・フォートレーとブラウラト・デザートから」
「分かった」
「この二名については、元々の本人たちに素養があったことは確かだが、オドル家によって彼らの家族が実質的に人質に取られていた事、本当に問題のある件には関わっていない事、それに彼らの戦闘能力が決して低いものではない事を鑑みて、退学処分後に国境の騎士団に引き取ってもらい、精神面含めて鍛え直させることになっている」
「所属させる騎士団は何処の所属じゃ?」
「ハドトレイニ伯爵の騎士団だ。あそこならば、少なくとも甘ったれた考えはなくなる」
「そうか。まあ、彼ならば二人を善き方向に導いてはくれるか」
「つまりは反対はしないと?」
「彼らはそれだけの事をしてしまった。その償いはせねばならん。そう考えたなら、ハドトレイニ伯爵の騎士団は妥当な所じゃろう。少なくとも食うに困って野盗に身をやつすような哀れな結末にはならんで済む。訓練を無事に終わらせることが出来たならば……家族の下に帰る事も出来るはずじゃ」
まず初めに親衛隊隊長が挙げたのは、ウィド・フォートレーとブラウラト・デザートの名前だった。
その処分は退学の後、とある騎士団に騎士の従者として入団し、心身を鍛え直す事。
字面通りならば、彼らの犯した罪に対して、多少温めの刑ではある。
が、ハドトレイニ伯爵の騎士団と言えば、国境を守る騎士団の一つと言う事もあって、特に厳しい訓練を課している騎士団であり、そこに罪を犯したものとして送り込まれる以上は、他の者よりもさらに厳しい訓練を課される事になるだろう。
そう考えたら、訓練終了後に真っ当な生活を送れる事を合わせて考えても、決して温い刑とは言えなかった。
「そしてライ・オドルだが……罪状が多くてな。ルストー・オドルの方から連座制の適用が出来るものもあるし、具体的な刑罰が確定するのはもう少し先になるだろう」
「ふむ」
「が、現状列挙されている罪状を見る限りでは、良くて斬首刑。あるいは見せしめを目的とした残酷刑。悪ければ、新しい紋章魔法の実験体行きだな」
「後者二つは勘弁してもらいたいものじゃのう……その罰は15歳の少年が負うにはちと惨過ぎる」
だが、そんな二人の刑罰に対して、ライ・オドルに対して検討されている罰は間違っても軽いと言えるものではなかった。
なにせ最低でも死刑、場合によっては新しい対人用紋章魔法の試射対象と言う、もはや人間として扱われていないかのような形での死すら有り得るのだから。
「だが、奴はそれだけの事をしてしまっている。反逆罪だけならばただの死刑で済むが、オドル伯爵領での平民に対する残虐行為に、国内外の何者かとの不穏なやり取り、これらは王への直接の反逆行為以上に許されざることだ。それに疑惑レベルでなら他にも色々と罪を犯している」
「それでもじゃ。彼の行動には彼の父親の影響が大きい。親の罪を子にまで背負わせてはいかん」
「本人の分だけで勘定しても、死刑は揺るがないぞ」
「その点については儂ももう庇えんよ。だが前途あるはずだった若者が残酷な死を迎えるというのは、見せしめによる引き締めの効果以上に良くない影響を周囲にもたらしかねん」
「だから必要以上に残酷な刑罰には反対すると?」
「そうじゃ」
既に学園長はライ・オドルの死については止むを得ないという考えにはなっていた。
だが、一時でも学園に所属したものが、あまりにも残酷な死を迎える事は流石に許容する事は出来なかった。
それゆえの議論だった。
「……。まあいい、どの道最終結論を出すのは別部署だ。ただ、貴方の言葉は伝えさせていただきますよ。学園長」
「儂が言った通りに伝えるならば、構わんよ」
親衛隊隊長と学園長は暫くの間睨み合う。
そうしてしばらく睨みあった後。
「……。学園長。犯罪者は犯罪者として、厳格に裁かれるべきだ。どのような立場であろうと。そう、苛烈な刑罰があるからこそ犯罪は抑止される」
「……。犯罪者が裁かれるべきなのは賛同しよう。じゃが、限度という物がある事を忘れてはいかん。限度を忘れれば、裁かれるのは裁いてきた者じゃ」
学園長は親衛隊隊長にそう言い残して、部屋を去ったのだった。
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