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090 長き冬 黄金の陽だまり

「ねぇ、ヨハン――――“聖杯”も言ってるわ。悲しみを止めて欲しいって言ってるよ」


 強く握った光は柱となり――――


 大聖堂の空間を貫き、アルバトロスを貫き――――そして“キャメロット”の天と地を繋いだ。


 光の柱は大きく広がり、夜空を神々しく輝かせた。


 ユダは暁の光の照らされるキャメロットを恍惚と眺めて、そしてその暖かさに震えていた。


「ユダ、やはり僕には、あなたのやり方は理解できない。それでも、僕は世界変えたいんだ。あなたとは違うやり方で――――」


 ヨハンは力強く言葉を紡いだ。


「――――だから、この物語を終わらせます」

 

 ユダはヨハンの決意に満ちた表情を見て、小さな笑みを一つ落とした。


「そんなに苦しそうな顔をするな。これは我々が選んだ道。こうなることなど理解していた。だが、忘れるな――――」


 ユダは厳しく言葉を続ける。

 まるで、愛弟子が巣立って行くのを見届ける師のように。


「世界は破滅への切符を手にしている。このレールは簡単に変えられる程甘くはない。私たちが七十年かけて成しえなかったことだ。貴様にできるのか――――この堕ちてゆく世界を、変えられるのか?」


「変えられるさ」


 ヨハンは迷わずに言った。

 曇りなき瞳、偽りなき言葉で。


「世界は変わるのを待ってる。新しい波を、光を、時代を待ってるんだ。僕は、そう信じている。それに、僕ひとりでは無理でも――――」


 ヨハンは、マリーを見つめて頷き――――

 マリーもヨハンに合わせて頷いた。


「彼女となら、マリーと一緒だったら――――何だって変えられる」


 強く手を握り、頷きあう二人を見て、ユダは納得したように頷いた。


「そうか。ならば、もはや語る言葉はない――――見せてみろ、貴様の(ことわり)を」


「ユダ――――あなたの、あなた達の意思は僕が受け継ぎます。長き冬を歩き続けた者たちよ、(けが)れなき魂の持ち主たちよ、どうか安らかに星に帰ってくれ」


 ヨハンは転がっている箒に手を伸ばして、箒を繰り寄せるとその柄に足を付けた。


 そして、ヨハンはマリーを抱えようとしたが――――マリーは首を横に振った。


「いいの。あなたと一緒に飛びたいの」


 マリーは自らの足を箒に付けた。


 ヨハンはマリーの後ろから両方の手を握って支えた。


「さあ、行くよ――――」


 マリーが頷くと、箒は光の柱を辿るように天へと上昇して行った。


 緑色の光の帯を引きながら大聖堂の空間を貫き、天へと向かっていく二人を見つめ続けたユダは、穏やかな笑みと共に、言葉を落とした。


「ユグドレイシアよ――――お前の弟子は立派な魔法使いになっていたぞ。あの頃が、懐かしいな。私たちが共に駆け抜けた時代が、私は懐かしく、恋しい。私たちが共に過ごした時代には、全てが在った。黄金の陽だまりの中にいるようだった。ユグドレシア、お前が今の私見たら、なんと言うだろうか? きっと耳が痛くて聞けぬだろうな。なぁ、ユグドレイシア――――私たちが一緒になっていたら、息子はあんな子供になっていただろうか? お前がついてきてくれていたら、私は道を誤らなかっただろうか?」


 過去を懐かしむように言葉を綴り、目の前に流れる大きな時間の流れに、ユダは飲み込まれていた。


「アルトリウス――――私たちは間違ってしまった。あのような力で“キャメロット”の栄光を甦らせようなどと、お前だった絶対に許さなかっただろうな? すまない」


 ユダは後ろに控える十二人のテンプルナイトに視線を向けた。


「皆、すまない。長き苦しみの中を歩かせてしまった」


 ユダの言葉に意を唱える者など、一人もいなかった。

 皆黙ってユダに言葉に耳を傾けていた。

 

 そして騎士たちの瞳には、穢れなき涙が浮かんでいた。


「ありがとう。ここまで共に歩めたことを誇りに思う」


 ユダは崩れ行く大聖堂の中から世界を見渡した。


「愛すべき魔法使いたちよ――――賢くあれ。汝らの世界が、平和であることを祈る」


 ユダは苦笑いと共に首を振った。


「いや、それはもう、あの二人に託したことか? さぁ、我々は眠りにつこう――――ようやく皆に会える。“キャメロット”の栄光に、ようやく帰れるのだ」


 ユダは嬉しそうに告げ。


 すると、その体はしわがれながら、砂がこぼれるように崩れ始めた。


 黙示(もくし)の魔法使いユダと、十二人のテンプルナイトたちは――――


 魔法の解けた大聖堂の空間と共に崩れて消えていった。


 そして長き冬の中を歩き続けた穢れを知らぬ者たちの魂は、安らかに星へと帰っていった。


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