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089 血と死の味

 唇が重なり合い――――


 血と死の味と香りのするヨハンの唇を愛おしく感じるマリーに、奇跡がおきた。


 唇が重なり、二人の世界が重なり合ったその瞬間――――


 マリーの心臓から、再び光が溢れ出した。


 しかし、その光は儚く悲しげな紅でなく、マリーとヨハンが出会い、導かれた、淡い緑色の光だった。


 マリーとヨハンは唇を重ねたまま、その暖かく心地良い光に優しく包まれた。


「――――マリー、ありがとう」


 その言葉が懐かしく、切なく、嬉しくてたまらなく、そして愛おしいと感じたマリーは、驚きで瞳を開いた。


 すると黒い真珠のような瞳は、美しい翡翠の瞳と重なった。


「ヨハン」


 唇を離したマリーは、溢れ出る涙を止めることはできず、そしてもうその必要もないと、満ち足りていく心のままに目を覚ました少年を見つめた。


 冷たい風が吹いていた空虚の心に暖かい春の風が吹き、ぽっかりと開いた心は大切なもので埋め尽くされていた。


 満ち足りていた。


 淡い緑色の光に包まれ、そして全ての傷が癒え、体に生気が戻ったヨハンは、ゆっくりと立ち上がり、マリーに手を差し伸べた。


 マリーはまるで夢を見ているようで、目の前で起きた光景が信じられないとヨハンを見つめた。


 しかし、マリーの魂は感じていた、


 目の前で立ち上がった少年が、まぎれもなく自分が信じ、そして受け入れた少年だと、魂が激しく震えて感じていた。


「ヨハン、いったい――――どうして?」


「夢でも、嘘でもない。マリーのおかげでさ――――さぁ、立って」


 マリーは無言でヨハンの手を取り、ゆっくりと立ち上がった。


 二人が立ち上がると緑色の光は輝きを増し、昼が訪れたように大聖堂の全てを照らし出した。


「“聖杯”が反応したのか――――彼女を選んだということか?」


 立ち上がった二人と、溢れ出した神々しい光を見て、ユダは思わず声を漏らした。


「なんと美しく、なんと暖かいことか――――これが、私たちの求めた光か」


 ユダは恍惚とその光を見つめていた。


 光に包まれて手を取り合う二人は、互いに視線を合わせ、お互いを見つめ合った。


「ヨハン、私、私ね――――」


 洪水のように溢れ出しそうになる心と言葉に、マリーは困惑して何を言葉にしていいのかまるで分からずにいた。


 そんなマリーの唇に人差し指をそっと当てて、ヨハンは優しく微笑んだ。


「マリー、僕らの世界は始まったばかりだ。これからゆっくり話し合って解り合おう――――」


 ヨハンの言葉に、マリー無言で頷いた。


 その瞳は涙で輝き、魂はこれでもかと言うぐらい澄み渡っていた。


「マリー、僕はこの悲しい物語を終わらせたい――――力を貸してくれる?」


 マリーは、ヨハンを真直ぐに――――澄んだ曇りなき瞳で見つめた。


「はい」


 マリーはヨハンの手を強く握った。


 その瞬間――――


 握り合った二人の手に光が集まり、そして二人の手の中に“小さな石”のようなものが現れた。



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