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087 永遠の悲しみに暮れる

「――――嘘でしょう、どうして?」

 

 マリーは震える言葉を落とし、そして同じく震える手で、恐る恐るヨハンの心臓に手のひらを近づけた。


 一瞬ためらい――――しかし、マリーは直ぐに歯を食いしばり、震える手のひらを心臓に当てた。


 刹那――――


 マリーは力なく頭を振って、大粒の涙を落とした。


 その顔には、悲しみと絶望の色が色濃く浮かんでいた。


 そしてマリーは、今度は直接ヨハンの心臓に耳を押し当てました。


「嘘よね、冗談でしょう?」


 擦れた声でマリーはヨハンに尋ねました。


「冗談なら、承知しないわよっ。こんなの、ちっとも笑えないんだからっ」


 マリーは言葉にならぬ言葉で、更に言葉を続ける。


「起きなさいよ、目を開けてよ――――早く起きないと、許してあげないんだからね」


 マリーはヨハンを強く揺らし続ける。


「ねぇ、お願い――――お願いだから、目を開けて」


 力なくヨハンを揺する手が止まり、マリーはヨハンの胸に顔を埋めた。


 ヨハンの胸からは、心臓の鼓動ではなくマリーのすすり泣く音だけが虚しく響き、崩壊した大聖堂の空間に木霊した。


「なんと勇敢なことか」


 穏やかな顔で横たわるヨハン――――


 その胸で大粒の涙を流すマリーの直ぐ後ろに立ったユダが言った。


「あれだけの膨大な魔力を押さえ込み、自分の中で魔力を還元して聖杯に還す――――自分自身の肉体と魂を魔法陣とするとは? 理屈は通っても、実行できるものではない。素晴らしい。世界は、なんと偉大なる魔法使いを失ったのか――――私はなんと取り返しのつかぬ事をしたのだろうか?」


 悲しみに暮れたユダも、ヨハンに言葉を捧げました。


「“聖杯の乙女”――――いや、マリー。すまない。私たちの愚かな行いのせいで、あなたの魔法使いを失わせてしまった。私たちは結局、悲しみを繰り返しただけだった。愚かに力を求めた先には、破滅しかないと知っていながら、それを実行することしか出来なかった私を――――どうか、許してくれ」


 マリーは涙に濡れた顔を上げ、ヨハンを抱えたままユダに視線を移した。


「そんなこと、どうでもいいわよっ」


 マリーは擦れた声を荒げた。


「ねぇ、ユダ――――あなただって、凄い魔法使いなんでしょう? ヨハンを生き返してよ。あなたたちに使った呪いでもいいから、ヨハンを生き返してよ。お願い。お願いだから。私にできることなら、何でも、するから」


 マリーは擦れた声で叫び、懇願するようにユダを見つめた。

 しかし、ユダは力なく首を横に振った。


「すまないが、私の力を持ってしても死んだものを甦らすことは出来ない。この呪いの体も、生きている者にしかかけられないのだ。それにその男は、私たちのような偽りの生を――――決して受け入れはしないだろう」


「何でよ――――」


 マリーはユダの言葉を遮るように、怒鳴りつけるように声を発した。


「何でなのよ? どうして、どうして?」


 マリーは受け入れられぬ現実に抗うように叫んだ。


 そして、マリーはもう一度ヨハンの胸に強く顔を埋めた。


 先程よりも大きな声で泣き叫ぶマリーに、ユダはただただその場に立ちつくし、悲壮を体現した表情で宙を仰いだ。


「本当にすまない」


 ユダのその言葉はマリーには届かず、マリーは永遠の悲しみに暮れていた。


 そして、テンプルナイトの十二人もヨハンの周りに集まり、全ての騎士が哀悼(あいとう)の意を捧げていた。


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