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084 破滅、崩壊、カタストロフィ

「さぁ、“聖杯の乙女”よ――――その光を手にするが良い。その光が、“聖杯”を自然なる姿に戻してくれよう」


 マリーは言われるままに、その光を手にした。


 ヨハンはマリーが光を手にする光景に息を呑み、緊迫した表情で見守っていた。

 そしてその頭の中は、まるで鞭を打たれた馬のように、遮二無二この状況を打開する方法を探していた。


 マリーが光を手にすると、光は優しくマリーを包み込んだ。


「――――そうだ、それでいい。聖杯よ、その姿を現したまえ」


 ユダは、“聖杯”の光に激しく魅せられた表情と、まるで何かに取り付かれたような瞳で、その紅の光を見つめていた。


 マリーは紅の光に包まれたまま、壇上の上で緊迫の表情を浮かべるヨハンに視線を向けた。


 心苦しく胸の張り裂けてしまいそうな視線が、マリーとヨハンの二人を結び――――こんなにも近くにいるのに、言葉一つ交わすことができない悲しみと憂いが二人を包み込んだ。


 刹那――――


 今までマリーを優しく包み込んでいた紅の光が、激しく熱を帯び、一瞬光が消えて大聖堂に夜が戻ったかと思うと、それは突如、爆発したように辺りに弾け飛んだ。


 放たれた光は紅い龍のように暴れだし、大聖堂に描かれた“世界魔法陣(フラクタル・ペンタクル)”の中を駆け巡った。


「馬鹿な――――魔力の暴走だと? ありえぬ」


 ユダは呆然としながらも、魔力を抑えようと杖を振り翳した。

 しかし、魔力の暴走は収まるどころか強くなり、マリーを取り囲むように紅の螺旋を立ち上らせた。


「これしきの魔力の暴走で、この“世界魔法陣(フラクタル・ペンタクル)”が崩壊するとでも――――」


 ユダは瞳を閉じて魔力を練る。


 魔法陣を構成する十二人の“テンプルナイト”たちも、皆瞳を閉じて魔力を練り続けた。


 しかし魔力の暴走は止まらず、光は溢れ続けるばかりだった。

 そして、その先に待っているであろう破滅は目に見え始めていた。


 まるで燃え盛る地獄の業火が世界を焼き尽くすかのように、紅の螺旋はマリーを包み込んで崩壊のその時を待っていた。


「このままでは――――“カタストロフィ”が」


 ユダは“世界魔法陣(フラクタル・ペンタクル)”が造る紅の空間に手を伸ばした。


 すると、ドーム型の空間はまるで電気を帯びたようにユダの手を弾き、ユダは手に酷い痺れと火傷を負った。しかし、ユダは手に追った手酷い傷よりも、その魂に深い傷を追っていた。


「馬鹿なっ、そんなことがあるものかっ? 私たちのしてきたことが、間違いだとでも言うのか? 聖杯よ、答えろっ――――」


 激怒したユダは、大声で叫んだ。

 しかし、その叫び声は光の渦にかき消さた。


「ばっ、馬鹿な? 私たちが、再び“キャメロットの悲劇”を起こすというのか? 私たちはあの悲しみを繰り返さぬために偽りの生を受け入れ、長い苦しみの中を歩き続けた。その我々が、再びあれを起こすというのか? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 答えろ――――“聖杯”っ」


 呆然と立ち尽くしたユダは、光の消えた紅い瞳で暴走する光を眺めた。

 他の十二人も同様に、死者のように冷たく朽ちた表情で、激しく吹き荒れる紅の龍を眺めていた。


「――――ふっ」


 そして、ユダは力なく笑みを零した。

 事切れ、糸が着れた人形のように肩を落とした。


「もう、お終いだ――――全てが無駄だった。私たちの行ってきた全てのことが、間違っていたのだ。アルトリウス、すまない」


 ユダの草臥れた白髪が目にかかった。

 しかしその白髪をかき上げる力は、もうユダには残ってはいなかった。


「これだから年寄りは――――」


 うんざりとした声が響き――――


「――――あきらめが良すぎて困るね」


 颯爽と現れた魔法使いは、呆然と死んだように立ち尽くし、篝火に身を委ねるように立った年寄りの隣に並んだ。


「貴様、どうやって」


 ユダは信じられないと、隣に立つ魔法使いに視線を移した。しかし直ぐに口を噤み、理解したように表情を顰めた。


 それは、ヨハンの体が酷く痛んでいたからだった。


 纏っていた黒衣のマントは擦り切れ、額からは血を流し、体には無数の傷――――そして一番酷いのは、腕と手、指先だった。


 腕は焼け、手は擦り切れ、指は爛れ、爪は剥がれていた。

 まるで裂傷と炎症が同時に起きたように酷く、およそ人の指とは思えぬ姿をしていた。


「時には頭でなく――――力ずくって訳さ」


 ヨハンは屈託の無い笑みを浮かべてみせた。


「だが、もう遅い。次期に“カタストロフィ”が起きる。今度は“キャメロット”の規模ではすまないだろうな」


 感情と生気の無い声でユダは言う。


「貴様だけでも、ここを離れるがいい」


「冗談じゃない。マリーを置いていけるわけないさ」


「無駄に命を落とす気か? もう手遅れだ――――」


「それは、僕が決めることさ。あの光の中で、マリーは僕を待っている。僕は行かなければならない」


 決意を露わにしたヨハンは、更に言葉を紡ぐ。


「それに、友に約束をした。僕が大いなる力の責任を果たすと」


 すると、ヨハンは一人――――


 ――――“世界魔法陣(フラクタル・ペンタクル)”の中へと足を進めた。

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