表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/93

079 貴様の目には映っているか?

 高らかに言葉を述べた後――――


 ユダはローブの袖でゆっくりと顔をなぞってみせた。

 そして、再びローブの裾から覗かせる顔は、厳しい表情の老人だった。老人の顔に刻まれた深い皺の一つ一つは大木の年輪のようで、その皴に出来る影は深く淀み混沌としていた。


「まさか、あなたが? オーディン・グラハ――――僕らもう何十年もあなたに騙されてきたのか?」


 ヨハンは驚愕の表情で言葉をこぼした。


「そうだ。私は“獅子の戦”が終結してから今日まで、歴史の全てに手を貸してきた。“世界政府”を発足させた時も、権力が一つに集中せぬように力を三つに分けた。それが今日(こんにち)の“魔法省”と“ヴァルハラ評議会”だ。そして、私自らがその最高議長の座に座り、今まで幾度となく争いからこの世界を防いできた」


「じゃあ、いまさらどうして“聖杯”を手にする必要がある?」


「もう、これしかないのだよ。あの異大陸への戦争は、“バグラ”への侵攻は、誰にも止められなかっただろう。我々評議会が反対したところで、歴史があの戦争を望んだ。我々に止める術など、最初から無かった――――」


 ユダは力なく肩を落とし、世界を包み込むほどに深いため息をついた。


「“グラール”も、“白獅子”も、魔法石の眩さに目が眩み、近い将来あの大陸を攻めていただろう。だから、我々自らが許可を出した。あの地に“聖杯”があることを知っていたからだ。戦争の最中なら、聖杯を手に入れることが容易いと判断したからだ。これが最後の機会なのだよ――――分かってくれ」


 ユダはもう一度自身の顔に触れ、老人の顔から元の顔に戻ってみせた。

 そして大きく手を開き、自分たちの正当性を主張するようにヨハンに訴えかけた。


「一つ、聞かせてくれないか――――」


 ヨハンは曇りなき瞳でユダを見つめた。


「――――“聖杯”を戦争の道具にする気は?」


「無い」


 ユダもまた曇りなき瞳で、曇りなき真実を口にした。


 壇上から見下ろすユダの紅い瞳、儚く揺らめく赤い炎の奥を見透かすように、ヨハンは黙ったままユダを見つめていた。


「この力は、あくまでも抑止力――――“キャメロット”を守護していた“テンプルナイト”のように、守る力なのだ」


「そうか、安心したよ」


 ヨハンは笑顔を浮かべて答えた。

 しかし、ヨハンは翡翠の瞳を鋭く輝かせた。


「だけど、意見の相違だね」


 ヨハンは腰のアクセサリーに手を落とした。


「それが答えか?」


 ユダは静かに尋ねた。


「ああ」


 ヨハンは頷いた。


「――――ならば仕方ない」


 ユダは儚く揺れる紅い瞳を鋭くし、草臥れた白髪をかきあげた。そして死神の表情を浮かべて宙へと舞い上がった。


 ユダは二人の白いローブの男が守護するマリーの前に着地すると、激しい重圧をヨハンに浴びせかけた。

 

 ヨハンはその重圧に潰されそうになりながらも一歩前に踏み出し、ユダを相対すると同時に、自分たちを取り囲む十二人にも目を配った。


「安心しろ、マリーに危害を加える気はない。そして、貴様の相手は私一人だ。私が敗れれば――――全ては終わる」


 そう告げたユダは、地面でぐったりしているガラハッドに視線を向けた。


「ガラハッドよ、いつまで眠っている」


 その言葉でガラハッドは目を覚ました。


「くそっ、結局僕もいいようにあしらわれた訳か?」


 その言葉にヨハンとユダは答えず、ただ黙ったままお互いだけを見つめていた。


 二人の間に異様な空気が流れ、刺すような戦慄だけがお互い包み込んでいた。


「さぁ、下がっていてくれ――――」


 ユダが言うと二人の男はマリーを連れて後ろに下がり、そしてガラハッドもこの戦闘を見守るように円の一部に加わった。


「ヨハン、無理はしないで」


 マリーは張り裂けそうな心で、ヨハンに声をかけた。


「ああ、直ぐに迎えに行く」


 ヨハンの言葉にマリーは頷いた。


 ヨハンの言葉は、重くしんと静まり返った空間に飲み込まれて行き、緊張と戦慄だけがその言葉に答えて空間を覆い尽くした。


「も一度尋ねよう――――答えは変わらぬか?」


「ああ」


 ヨハンは即答した。


「やはり、聖杯をあなたたちには渡せない。大きな力は、何れまたさらに大きな力を生む。それが、僕が先生に教わった力の因果だ。ユダ、あなたのやり方では、戦うための戦いでは、争いはなくならない」


「貴様の目には映っているか?」


 ユダは静かに尋ねた。


「この先に続く、この時代の大きな流れが――――貴様の目には映っているのか?」


 ヨハンは静かに首を振った。


「未来は常に虚ろな月の影――――誰にも見透かすことはおろか、予測することすら出来はしない」


「そうか」


 ユダは穏やかに瞳を緩めた。


「だが、しかし、私には見えているのだ。“キャメロット”の栄光が――――その光こそ、私の全て」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ