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007 カラスと鳩と国家魔法使い

 箒は大きな噴水のある広場で着陸した。


 ヨハンはマリーが箒から降りたのを確認してから、箒を羽のアクセサリーに戻して腰の鎖につけ直した。


 マリーはぐるりと到着した広場を見渡してみた。


 大きな噴水は大きな四匹のイルカと貝殻に支えられていて、人魚の持った法螺貝からは勢いよく水が吹き出している。水面を跳ねる水しぶきはクリスタルのように輝き、水音が奏でる音色は心地良く幻想的で、聞くもの全てを穏やかな気分にさせてくれた。


 広場を囲む建物はどれも華やかで活気づいていた。ピンク色の大きな建物や、ガラス張りのお店。パラソルをさした賑やかな出店。通りには煙を上げながら走る蒸気自動車が走っている。どれもマリーのいたボロニアの町でもお目にかかれないものばかりだった。それに街を行き交う人や、広場に佇む人は皆洗練とされ、まるで一枚の絵画のように風景に溶け込んでいた。


 噴水の前に座っている婦人は真っ赤なドレスで着飾り、男性たちも高級そうなスーツでビシっときめていた。


 マリーはスーツと言うものは特別な日にしか着ないものだと思っているので、なおさらきまってかっこ良く見えた。広場に集まっている自分とさほど年の違わぬ女の子たちも、流行の服装で広場の景色に彩りを添えていた。


 それに比べて自分はどうだろう? 


 マリーは自分のみすぼらしい姿を眺めてみた。無造作に伸びた真っ黒な髪の毛に、化粧っけのない顔。それに地味な黒色のシャツと、同じく冴えない黒のロングスカート、そしてフリルのついた白いエプロン。田舎町の使用人が着るエプロンドレスなんて、この中では場違いにも程があった。


 広場で遊んでいる子供たちの方が何倍もマシに見え、マリーは自分が居てはいけない場所に来てしまったみたいで、とても恥ずかしい気持ちになった。一瞬で夢から覚めたような気持に。


 しかし、ヨハンはそんなマリーには気にも止めず、噴水の水を手ですくって一口飲み、「ぷあーっ」と美味しそうな声を出して、とても機嫌が良さそうだった。


「やっぱり、この噴水の水は最高だね。マリーも飲んだら?」


 マリーはそんな気になれず、首を横に振った。


「ねぇ、それよりこれからどこに行くの?」


「僕のアジトさ。ここからしばらく歩くんだ」


「なら早く行きましょう。なんだか疲れたわ」


 マリーは早くこの場所から立ち去りたくて適当な言い訳をした。


「じゃあ行こうか」


 ヨハンが歩きだそうとすると――――「ヨハン」と、後ろから声をかけられた。振り返ってみると、そこには若い女の子が二人、笑顔で立っていた。一人は鮮やかな黄色のドレスで身を包み、もう一人は細かい手編みの帽子をかぶった、白いフリルのワンピースの女の子だった。二人ともとても美人だった。


「ハーミーにアルウェン」


 ヨハンは艶やかな声を出して彼女たちのもとへ向かって行った。そして軽く礼をして、女性たちと楽しそうに会話をはじめてしまった。マリーはその様子を、少し離れた所から一人ぼっちで眺めていた。そしてしばらくしてヨハンが戻って来た時には、マリーすっかり不機嫌になっていた。


「すまないね、待たせたしまって」


 悪びれもなさそうに謝るヨハンに、マリーはさらに不愉快な気持ちになったが、とても怒る気にもなれずヨハンに先を急がせた。


 ヨハンは噴水の広場を抜けて大通りを進んで行く。


 マリーは通りに並ぶお店の数に驚いていた。なんと、通りの端から端まで高級そうなお店が、まるでお菓子の詰め合わせの箱のようにびっしりと詰まっていたのだ。


 お店のショーウィンドウに飾られらドレスやバッグ。ハイヒールの靴。色とりどりの宝石。それに見たこともないような物まで、どれもマリーの目を引くものばかりだった。


 それもそのはずで、この通りはアレクサンドリア一の高級ショッピングストリートで、セレブ御用達のお店が並ぶブランド街だった。


 マリーは夢見心地でショーウィンドウを眺め、羨ましそうな顔でお店の中にいる人たちへと視線を向けていた。しかし、そんなマリーとは対照的に、ヨハンは軒を連ねる高級店には目もくれずに足を進めて行き、マリーはその後ろを目を輝かせながら視線をキョロキョロさせて歩いていた。


 そして、とある洋服店の前でマリーは足を止めた。


 ショーウィンドウを見つめるマリーの表情が、まるで初恋の人に出会ったような表情に変わり、その熱い視線の先には飾られた真っ赤なドレスにこれでもかというぐらい注がれていた。


 大きく開いた胸元に引き締まったウエストのライン、複雑な刺繍で描かれた花模様を彩るスパンコールで、そのドレスは燃えるようにな輝きに包まれていた。美しく情熱的な真紅のドレスは、それでいて上品で洗練とされていた。まるで揺らめく炎のようなシルエットのドレスに、マリーはショーウィンドウ越に魅了され、そして心を奪われていた。


「マリー、置いていくよ」


 ヨハンに声をかけられ、マリーは恍惚とした状態から現実に引き戻された。そして後ろ髪を引かれるような気持ちで、大きな心残りを残しながらその場を離れた。


 それから通りを抜けて、二人は路地を幾つも歩いて行った。

 そのうち二人は裏の小道に入り、建物と建物の間をトボトボと歩いた。


「ねぇ、アジトはまだなの?」


 マリーはさっきの真っ赤なドレスのことが頭から離れずにいたので、気分転換にヨハンに話しをかけた。


「もうしばらくさ」


「だったら、あなたのアジトまで箒で飛べばよかったじゃない?」


「そうしたい所だけど、そうもいかないのさ」


 ヨハンの意味ありげな物言いに、マリーは好奇心をくすぐられていた。


「どうして?」


 マリーが尋ねると、ヨハンは面倒臭そうに口を開いた。


「いいかい、マリー? このアレクサンドリアは、全部で十二の地区によって区切られているんだ。先ほど僕たちが降りた場所が十番地。おもに観光や買い物がメインの地区さ。そして、今僕たちが向かっているのは八番地で、十番地以下は地区では魔法の使用に制限がかけられているんだ」


「魔法を使うのに制限なんてあるの」


 マリーは驚いて尋ねた。


「あるさ。魔法使いにだってしっかり“魔法法律”という立派過ぎる法律があるんだよ。それを破れば罪になるし、罰も受けなきゃいけない。魔法使いを知らない人たちは、自由で気ままな職業だと思っているだろうけど、そんなに楽な稼業じゃないよ」


 マリーも魔法使いは自由で気ままな職業だと思っていたので意外だった。


「それに魔法使いにも資格があるんだよ」


「資格、そんなものまであるの?」


「まぁね。“魔法省”など政府機関で働いたり、大きな研究がしたい魔法使いは“世界政府”公認の魔法試験を受けて、“国家魔法使い”になるんだ。そうすれば国の援助も受けられるし、魔法の研究の上でも色々役立つ」


「じゃ、あヨハンも国家魔法使いなの?」


 マリーはどんどんと複雑になっていく魔法使い事情に頭を悩ませていた。


「いいや、僕は“カラス”さ」


「カラス?」


「カラスと言うのは、資格のない魔法使いのことさ。国家魔法使いに認定されると、“白い鳩”の認定バッジが貰えるんだ。それで、国家魔法使いでない者には皮肉の意味を込めてカラスと呼ばれているんだよ」


「へぇ、じゃあヨハンは毎回試験に落ちちゃうんだ?」


 マリーは嬉しそうに言ってみせた。


「君もなかなか失礼だね、マリー。試験を受けないだけさ。僕が受けたら間違いなく受かる自信はあるよ」

 ヨハンはむっとした顔をつくった後に、余裕の表情で言い返した。


「じゃあ、何で受けないのよ。色々役に立つんでしょう?」


「本当に賢い魔法使いなら、そんな試験は受けないよ。国家魔法使いになるってことは、世界政府やお国に忠誠を誓うって事なんだよ。お国のために働かなきゃいけないし、お国のために尽くさなければいけない。まさにお国の“伝書鳩”さ」


 マリーは魔法使いの世界も色々と大変なんだと関心しつつも、その一方で憧れの魔法使いにこんなにも沢山の苦労や面倒があると分かって、少し残念な気分になっていた。


「ふーん、魔法使いも大変なのね? まるで役人みたい」


「確かにね。今じゃ魔法使いこそエリートの最短コースだからね」


 ヨハンは悲しそうな顔で語り始めた。


「だけど、昔はこんなんじゃなかったんだ。遥か(いにしえ)の魔法使いは、もっと自由で偉大な存在だった。森羅万象に学び、全てを受け入れ、その上で全てを疑う――――この世の(ことわり)の探求者にして、この世ならざる世の理解者。そんな魔法使いが、今じゃ魔法一つ扱うにも国の許可が必要だなんて馬鹿げてるよ。僕は絶対に伝書鳩にはならないさ。最後の一人になったって、僕は魔法使いで在りつづける」


 そう語るヨハンの顔は真剣そのものだった。


 今までののらりくらりとした口調と違い、強い意志のこもった口調で話すヨハンは、普段の何十倍も勇ましく見えた。そんな真剣で凄みのあるヨハンの形相に、マリーはそれ以上声を掛けることができずにいた。


 そしてヨハンは話を終えると、急に歩く速度を上げ行った。


 きっと、あまりにも興奮して真面目に語ってしまったことが恥ずかしかったのだろう。ヨハンはどんどんとマリーを引き離して行き、そしてマリーはそんなヨハンの背中を見つめながら思った。


 確かにマリーが思い焦がれていた魔法使いとはずいぶん掛け離れているけど、それでも魔法使いという存在は、それほど悪くはないものだと。


 やはり素敵な存在なんだと。


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