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069 絆

「七十二柱の悪魔も落ちたものだな?」


「使い魔如きが――――我を愚弄するか」


 ロキの言葉に、半獅子半蛇の怪物は口を開いた。


 その声は獰猛な見た目とは裏腹に、とても落ち着いた口調だった。


「我の名は――――オリアクス。地獄の第五圏より召喚された地獄の男爵。貴様も異界の者なら知っているだろう? “ペンタクル”で召喚されればそれに逆らう術はない。貴様とて、その魔法使いに使役される使い魔の分際で我にそんな口を聞くとは――――それとも、この世界に馴染みすぎて、そんなことすら忘れたか?」


 下等なものを見下すように告げるオリアクスに、ロキはため息をついた。


「使い魔か――――全くその双眸はただの飾りのようだな」


「まだ、そんな口を聞くか? 我が主の命により、貴様らを地獄の業火で火あぶりにしてくれようぞ」


「我が主か? 地獄の男爵も情けないものだ。ヨハンさっさと終わらせろ――――長くはもたないぞ」


「分かっているさ」


 ロキの厳しい言葉に、ヨハンは目を瞑ったまま答えた。


 ヨハンが作業に集中をしている直ぐ後ろでは、先ほどよりも激しい炎の波が、凄まじい勢いで迫ってきており、ヨハンも背中に焦げるような熱を感じていた。


 その骨すら残さぬ炎を、ロキはその小さな体から紫の光を発して必死に防いでいる。


「使い魔の分際で、よく持ちこたえるものだ。貴様、名はなんと言う? それだけの力があれば、それなりに名も知られていただろう」


 オリアクスは大きな牙を剥き出して笑みを浮かべた。


「それよりも、貴様の主というのは随分力のある魔法使いのようだな?」


 ロキは不敵に言葉を続ける。


「“ペンタクル”を地獄の第五圏まで繋げ、仮にも地獄の男爵である貴様を呼び出すとは――――私の知る魔法使いの中にも、そう出来る者はいなかった」


「貴様ごときが見てきた魔法使いが、我を呼び出せるわけがなかろう。我が主は――――死よりもなお、死に近く、限りなく地獄に近い男だ」


 ロキの挑発的な言葉に乗ることなく、オリアクスは冷静にそう言った。


「禁術の賜物か――――偽りの生の代償を支払ってまで、貴様を呼び出す力を欲したか?」


「勘違いするな、あの男――――黙示の魔法使いユダと言う男ならそんな力に溺れなくとも、我を呼び出すことなど訳はなかっただろう」


 ロキとヨハンは、オリアクスが発したユダと言葉に鋭く反応した。


「さて、時間稼ぎも済んだだろう?」


 邪悪な声をオリアクスが唸らせると、ロキを飲み込もうとする炎の波は一層強まった。


 炎は紅蓮の赤から気味の悪い青色に変わり、辺りの景色がぐらぐらと揺れはじめた。


「ヨハンまだか―――こちらも、もう持たないぞ」


「もう繋がる」


 ヨハンは暗闇の中で石を積み上げているような感覚で、必死に空間の位置を調節していく。


「そうはさせんぞ」


 オリアクスは絶望を告げるように目を見開いた。


 オリアクスが炎を発している反対側、長い爪が三本伸びた手を広げると、ヨハンとロキを取り巻く空間が突如色を変え、混沌の闇が空を侵食し始めた。空の透き通るような水色の空が、次第に紫と黒を斑にしたような色に犯され始め、空は混沌に支配された。


 そしてその混沌の狭間から、まるで巣を叩いた蜂のように、背中に蝙蝠(こうもり)の羽を生やし、大きな牙を剥き出した異形の怪物が大群で現れた。


 異形の大群はお預けを食らった犬のように、卑しい目つきでヨハンとロキを順に見やり、涎を垂らしながら、キーキーと金切り声を上げていた。


「インプの大群? これじゃあ空間通過どころじゃない」


 ヨハンは慌ててロキに加勢しようとするが、しかし――――


「動くな」


 と言うロキの言葉に、ヨハンは動きを止めた。


「だけど、これじゃあ」


「いいから、お前は自分の作業に集中していろ。分からぬか? ここは私の舞台――――お前の出る幕じゃない」


 ロキの言葉にヨハンは心苦しそうに表情を歪めて、再び作業に集中し始めた。


 その姿を滑稽と感じたのか、オリアクスはロキとヨハンを嘲るように大きな笑みを漏らした。


「主が無能だと苦労するようだな。どれ、私が貴様とその魔法使いの契約を取り除いてやろうか?」


「言っただろう、ここは私の舞台だと? それに、私がこうしているのは、あの男と契約を交わしたからではい」


「では、何がお前をそうさせる」


 オリアクスの言葉に、ロキは笑みを浮かべた。


「絆さ」


「絆?」


 オリアクスは、信じられないと言わんばかりに、言葉を発しました。


「そうだ。これに勝る契約など、この世には――――いや、この世界以外にも存在しない」


「貴様はこの世界に浸りすぎて、頭がおかしくなったようだな」


 痺れを切らせたオリアクスは、苛立ちを抑えきれずに言葉を続ける。


「おしゃべりは終りだ。地獄のインプに骨まで食われるといい」


 その言葉を合図に、混沌の空に漂っていたインプたちは、一斉に降下してヨハンとロキを目指した。


「ヨハン、もう一度言うぞ――――絶対に手を止めるな。お前は、お前のやるべきことをやれ」


 ロキの言葉を受け、ヨハンは歯を食いしばった。


「分かってる」


 そして搾り出したような擦れた声で、ヨハンはそう答えました。


 ヨハンの言葉に満足したロキは、インプの大群を刺すような視線で一瞥すると、瞬時に行動を開始した。


 体から発している紫の光を大きく広げてインプたちの目を眩ますと、ロキは蝶々のような光の羽を強く羽ばたかせてオリアクスの放つ炎の波を掻き分け、オリアクスへと一直線に向かって行った。


 凄まじい高熱を発する地獄の炎を突きぬけ、ロキは一心不乱にオリアクスを目指した。


 オリアクスは炎の中に飛び込んだロキを厳しい目つきで睨み、更に炎の波に力を注ぐ。


 その刹那――――不意にオリアクスを取り囲む空間が布を絞ったように歪み、オリアクスもその表情を歪めた。


「小賢しい」


 オリアクスが注意を逸らした一瞬の間を縫って、ロキはオリアクスの喉もとへと突進する。


「そんな体当たりなど、痛くも痒くもないぞ?」


 喉もとに必死に喰らいつくロキを見て、オリアクスは牙を剥き出した。


「何、私はただの時間稼ぎだ。ヨハンが無事にアルバトロスに潜入できればそれでいい」


「何故、その魔法使いにそれほどこだわる? あの魔法使いはすでに魔力を使い果たし、決して中に入れたとしても“聖杯”を取り戻すことなど、到底不可能なはずだか?」


「それはどうかな?」


「最後まで生意気な使い魔だ」


 そう言うと、オリアクスは蛇の下半身で喉もとのロキを撃ちつけ、地面へと叩き付けた。

 そして口から炎を吐き出すと、ロキはその炎に焼かれて一瞬で消し炭になってしまった。



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