表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/93

067 待ってるから

「キャメロットよ――――私は帰ってきた」


 猛々しく、そして厳かにユダは声を張り上げた。


 マリーを含め、大聖堂に集まった全ての者が、再び外の景色を映し出した大聖堂から、この超常的な光景を眺めていた。


“グランド・エア”の中心――――竜巻の(とばり)を抜けると、そこはとても大きな嵐の目だった。


 三百六十度、見渡す限りの全てが大気の壁で囲まれ、まるで白い筒でキャメロットを丸々覆ったように、その大気の筒は遥か天上まで伸びていた。筒の先には金色の太陽が顔を覗かせ、燦燦とした陽光でキャメロットを照らし出している。


 まるで照明が当たった舞台のように、その場所は光り輝いていた。


「これが、キャメロット?」


 マリーは、恐れ多い言葉のようにその名を口にした。


「そう、これがキャメロットだ」


 マリーは足元を眺めた。


 そこには、かつて光り輝く栄光があったと思われる場所が映し出されている―――――しかし、そこにはかつての栄光など微塵も無く、ただ岩と砂に覆われた緑一つない荒地があるだけだった。


 そしてキャメロットの中心には、まるで隕石が衝突したのではと思えるほどの、深く暗い大穴が存在した。まるで奈落の底にまで延々と繋がっていそうなその空洞は、まるでマリーを(いざな)うように、その瞳と心を釘付けにした。


「ようこそ、マリー・キャロル。いや聖杯に選ばれし――――“聖杯の乙女”よ」


 いつの間にかマリーの目の前に現れていたユダは、マリーにとっておなじみとなった枕詞(まくらことば)を、(ひざまず)いて述べた。


「時期、新月が昇れば新たなる時代の幕開けだ。そして、かつての栄光が再びこの地に降り注ぐだろう。私たちも、準備に取り掛からねばならない。それまで、どうかゆっくりと(くつろ)いでくれたまえ。これが終われば、無事にあなたをボロニアまで送り返そう」


 跪いたまま、再びそう約束したユダ――――しかしマリーは、何かを感じ取ったかのように、ふと顔を上げた。まるで一陣の風がマリーの体を突き抜けたように、視線を空へと泳がせる。そして視線の先に、何があるのかを知っていたかのように、マリーは迷わずその空間を見つめた。


 そこには、マリーが待ち望み、待ち侘びていたものが現れた。


 グランド・エアを突き抜けて、真直ぐマリーの瞳の奥に向かってくる――――箒に乗った魔法使いが。


「――――ヨハンッ」


 マリーは叫んだ。


 ヨハンは雨に打たれてびしょ濡れになった体に鞭を打ち、必死にアルバトロスとの距離を縮めていた。


「まさか、ここまで――――」


 ユダは感心するように言葉発し、瞳を見開いているマリーに視線を移した。


「ヴィクルト、マリーを別の部屋へ」


 その言葉を聞いたマリーは、視線をヨハンからユダへと移した。


「ヨハンに手を出さないで」


 マリーはユダを見つめて言う。


「キャメロットとこの魂にかけて――――約束しよう。少しばかり痛い思いをするかもしれないが、命までは奪わない」


「もしも――――」


 マリーは声を潜めて言う。


「もしも、ヨハンに何かあったら、聖杯は絶対にあなたたちの物にはならないと思って」


 凄みのある口調で告げたマリーに、ユダは胸に手を当て――――


「仰せのままに――――我が光よ」


 そして、不敵に微笑んでみせた。


 マリーは、ユダの瞳の奥を鋭い目つきで射抜くように見つめる。


 ユダの真紅の瞳は翳ることなく、その言葉の真偽を揺らめく炎の奥に隠していた。


 マリーはそれでもと、ユダに釘を刺すように視線を浴びせかけた。


 強い意志のこもった視線に、ユダは思わず視線をヴィクルトへと移し、何かを促した。


「さぁ、行きましょう――――マリーさん」


 促されるままにヴィクルトは口を開き、マリーはヴィクルトに連れられて大聖堂を後にした。


 マリーは大聖堂を出る瞬間、再びヨハンに視線を戻した。


 ヨハンは今も懸命に、アルバトロスを追っていた。


 そして、マリーは真直ぐヨハンの瞳を見つめ――――


「待ってるから」


 と、囁くように言った。


 そして、小指に繋がれた絆の糸を眺め――――


 マリーは大聖堂を後にしました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ