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066 ヨハンの翼

 空は荒れ狂っていた。


 もはや風とは呼べぬ激しい暴風が、あらゆる角度から縦横無尽にヨハンに襲い掛かり、さらに石粒のように細かい雨が、ヨハンの体を打ち抜くように襲い掛かる。勢いよく空へ飛び出したヨハンも、流石にこれには敵わず、二本の足で乗っていた箒を股の間に挟み、両手でしっかりと箒の柄を持って、箒の操縦に専念することにした。


「この乗り方は、田舎者が想像する古い魔法使いみたいで好みじゃないんだけど――――そんなことも言ってられないか」


 ヨハンは愚痴を零しながら、箒をアルバトロスへと急がせる。


 アルバトロスとの距離は僅かだったが、激しく吹きつける風のせいで上手く前に進めず、なかなか距離を縮められず、それに大きな稲光や、濃い濃霧のような雲のせいで、前もろくに見えずにいた。


 それでもヨハンは、アルバトロスから漏れる魔力を頼りに箒の手綱を引く――――


「――――どうやら仕掛けてくるようだぞ」


 魔力の乱れを感じて、ロキが瞳を鋭くした。


 アメジストの瞳で睨んだ濃い雲が不規則に動き出し、徐々に形を形成していく。大きな雲は綿飴のように膨らんだり伸びたりしながら、縦と横に広がり、次第に長い雲の蛇へと姿を変えた。


 そして雲の蛇は、ヨハンの乗っている箒目指して一直線に突進していく。


「ふん、現象の操作か? 魔力を扱う上での初歩中の初歩だね」


 ヨハンは、嘲るように言ってみせる。


 雲の蛇はヨハンの乗った箒に到達することなく、水が蒸発するようにあっという間に消えてしまった。


「だが、この場所――――空の上では、そんな初歩中の初歩もずいぶん効果的だがな」


 雲の蛇はヨハンの周りからうじゃうじゃと現れ、まるで巣から出てきた蟻のように、次から次へと雲の中から沸いて現れた。


 ロキは、現れた雲の蛇一体一体に鋭い視線を浴びせかけ、雲の蛇をどんどんと元の雲に戻して行く。しかし、如何せん数が多いせいかロキの抵抗も追いつかず、徐々にヨハンたちは雲の蛇に周りを包囲されていった。


 前後左右、至る所に現れる雲の蛇たちは、どんどんとヨハンたちの動けるスペースを奪ってゆき、今では大きく手を伸ばして背伸びもできないほどに迫っていました。


「さて、絶体絶命には早すぎるんじゃないかい?」


 しかし、ヨハンはこの状況を楽しむように辺りを見回した。

 痺れを切らせたように、ヨハンの目の前の雲の蛇がヨハン目掛けて飛び出した。


「――――揺れるぞ」


 ロキの言葉を合図に――――周りの空間が歪み、飛び出した雲の蛇はおろか、何百という雲の蛇が一斉に消えてなくなった。

 

 ヨハンは、それを待っていたとばかりに飛び出し、箒はぐんぐんと進んで行く。


「空間の歪曲と修正――――君の得意分野だね」


「黙っていろ、舌を噛むぞ」


 今度は激しい稲妻が、ヨハンの頭上を放たれた矢のように一直線に飛んできた。

 ロキはそれを先ほどと同じく、一瞥しただけで消し去り、次に振ってくる雷神の鉄槌に備えた。


「次は精霊(エレメント)の契約と行使か?」


「それだけではない」


 何本もの矢が放たれる中、ヨハンが乗っている箒の下では、先程の雲の蛇ではなく――――雲の槍が、ヨハン目掛けて突き上げられた。


「ダブルマジック? いや、術者二人以上での詠唱か」


 ヨハンの言葉には答えず、ロキは素早く短い単語を四つ程唱えた。すると先ほどと同じように辺りの空間が歪み、稲妻の矢も雲の槍も、まるで初めから無かったかのように綺麗さっぱり消えてなくなった。


「魔力を提供しているエレメントの契約ごと消し去った――――これで時間が稼げるだろう」


「お見事」


 ヨハンは機嫌よく口笛を鳴らすが――――次の瞬間、その口笛がかすれた音を鳴らした。


 ヨハンは口笛を吹いた唇を広げて、唖然とそれを眺めた。


 それはアルバトロスを目の前にしたヨハンたちの目の前に、突如として現れた。


 辺りの雲が一つに重なり、雲から浮き出した雲の巨人――――その大きさは、クライストを越えていた。見た目は綿飴のようにフワフワした縫いぐるみの熊のような形をしていたが、それがそんなに可愛い物じゃない事は、容易に見て取れた。


 雲の巨人は現れるなり、直ぐに大きな手を振り上げて、それをヨハン目掛けて振り下ろした。


「――――しまった」


 さすがのロキもこれには直ぐに反応できず、ヨハンは箒を無理やり動かして、何とか雲の手を回避することに成功した。しかし体勢が、斜め横に前のめりになった格好の箒に、先程の稲妻の矢と雲の槍が追い討ちを掛ける。


 ヨハンは顔を顰め、すぐさま魔法を唱えようと口を開きかけるが――――

 

「――――待て」


 と、ロキはヨハンの詠唱を制止した。


 その時、ヨハンの直ぐ後ろを小型の飛行機が駆け抜けた。飛行機は人が二人乗れるぐらいの大きさに、鳥のような羽、そして船尾には大きなプロペラを備えていた。そして小型の飛行機の右翼に付いた、杭のような出っ張りがヨハンの黒衣のマントを上手く絡め、そのままスピードを緩めずに空を突き抜け、間一髪で稲妻の矢と雲の槍の攻撃を交わしてみせた。


 ヨハンは何が起こったのかと困惑し、すぐさま空中で箒の体勢を立て直して、視線を現れた飛行機に向けた。


 そして、ヨハンは直ぐに理解した。


 そこには描かれていた――――荒れ狂う天空の龍の旗印が。


「間一髪。ぎりぎりセーフでしたね、兄貴?」


 小型の戦闘機から顔を出したホズが、得意げに言った。


「何故?」


 ヨハンは声を荒げて言いました。


「何故、この空域を直ぐに脱出しなかった? あれ程言っただろう、足手まといだと」


 激昂したヨハンの表情を前にしても、ホズは顔色を変えることなく、真っ直ぐにヨハンを見つめていた。ホズは、今までのようなヨハンに頭の上がらない表情でなく、ニーズホッグを受け継いだ空賊の表情で、力強く口を開いた。


「兄貴、俺達は空賊だ。飛びたい空を好きなときに飛ぶ――――たとえ兄貴に何と言われようが、これだけはゆずれねぇ」


「それに――――」


 後部座席から顔を覗かせてマッドが口を開いた。


「あんな下手な芝居には、誰も引っかかってねっす。おいらたちは、最後まで兄貴について行くっす」


「それに、今の状況で足手まといだと言われても説得力に欠けやすぜ?」


 ホズの言葉に、ヨハンは手の平で顔を覆った。


「一本取られたな」


 ロキが、からかうように言う。


「知っていただろう、君は?」


 ヨハンはロキを睨みつけた。


 その時だった――――ヨハンを見失っていた雲の巨人が再びヨハンを見つけて、その大きな体ごと突っ込んできた。


 ヨハンはその場を離れようと、慌てて箒に意識を向けるが――――


「兄貴、心配いらねっす」


 マッドの言葉を聞いてヨハンは動きを止めた。


 すると、ヨハンたちを目掛けて襲い掛かってきた雲の巨人の下から、クライストがものすごい速さで飛び出し、そのまま船首から雲の巨人に突っ込んだ。体勢を崩した雲の巨人は、そのままクライストに突き上げられて、空へと昇って行く。


「馬鹿な、クライストまで――――あれじゃ注いだ魔力が底をつくぞ、いったい何をやっているんだトールは?」


 ヨハンは苛立ちを隠せずにいた。


「そろそろ、解ってやったらどうだ? 皆、お前の力になりたんだ。そのお前が理解してやらなくてどうする」


 ロキが言い――――


「そっす。おいらたちは兄貴の翼っす。どんなにでかいドラゴンも、両方の羽が無ければ飛べないっす」


 マッドが言い――――


「兄貴、つき合わせてくだせぇ。クライストの心配は入りやせんから。俺たちは一流の空賊だ、こんな修羅場、何度と無く潜って来ている。それにハンプティとダンプティがいれば、魔力の心配はいらねぇ。どうです、問題ないでしょ?」


 ホズが言い、ヨハンは天を仰いだ。


 自分を戒めるように目を閉じ、自分を叱咤するように歯を食いしばった。

 そして大きなため息をついた。


「いったい、僕は―――」


 ヨハンは頭を大きく振ります。


「なんど迷えば、気が済む」


 再び開いた瞳に力を入れ――――ヨハンは、ロキ、ホズ、マッド、そして何度となく雲の巨人とぶつかり合うクライストを順に眺めた。


「――――アルバトロスまで頼む」


 ヨハンの力強い言葉を聞いたホズとマッドは、嬉しさの余りに雄たけびを上げた。


「兄貴、親父からの伝言です。お前は最低の魔法使いだが――――最高の男だって」


 その言葉にヨハンは笑顔で答え、再び箒を操りった。


 先ほどよりも凄まじい速さで雲を駆け抜ける、まるで一陣の風になったヨハンに、ロキは言葉を投げかけた。


「ヨハン、良い仲間を持ったな」


「ああ」


 ヨハンは力強く答え、アルバトロスを追いかけた。


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