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049 私たちが思っているよりも遥かに複雑な迷宮だ

 ヨハンは“クライスト”の船首の上に腰掛け、夜空の息吹を体に感じながら、頭の上に広がる無限とも思える星々の瞬きを眺めていた。


「ヨハン死ぬなよ。お前には、まだ返していない借りがあるんだ――――無事、王都に帰って来い」


 別れ際、アンセムに言われたヨハンは黙ったまま頷いた。


「それと、“アルバトロス”のことだが――――あの飛空挺は今も“バグラ”に駐留していることになっている。詳しくは分からないが、これに関しては“魔法省”も一切関与はしていない」


 アンセムは表情を暗くして言葉を続ける。


「それと、今回のバグラ侵攻――――表向きは“グラール”の独断で決定したことになっているが、本当は“ヴァルハラ評議会”が関与しているという噂だ」


「評議会が?」


 ヨハンは思わず声音を荒げて尋ねた。


“ヴァルハラ評議会”は“三大勢力”の中でも特に穏健派の機関で、そのヴァルハラ評議会の最高議長を務めるオーディン・グラハは、魔法使いの権利のために、何十年もの間、“世界政府”、“魔法省”と争ってきた、言わば魔法使いの盾のような人物だったからだ。


 そして“ヴァルハラ評議会”そのものも、魔法使いの権利のための機関――――そのヴァルハラ評議会が今回のバグラ侵攻に関与しているなんて話は、ヨハンには全く信じられない話だった。


“魔法省”や“国家魔法使い”を“お国の鳩”と唾棄(だき)するヨハンだったが、ヴァルハラ評議会の最高議長オーディン・グラハには敬意を持ってさえいた。


 数少ない、本物の魔法使いであるとさえ。


「ああ。あくまでも憶測だが、こんな話もある――――あのアルバトロスの製造に手を貸したのは、どうやらヴァルハラ評議会らしい。資金面の援助だけでなく、各国が独自に開発していた魔石機関の資料を集めて、その情報を流出させた。これは魔法省も共同で資料の製作、飛空挺の製造に当たっているため、間違いない、裏のとれた情報だ。それに――――」


 アンセムは、さらに声を厳しくして言葉を続ける。


「ヴァルハラ議会の最高議長オーディン・グラハだが、バグラ侵攻を認める書類に印を押してから、どうも姿が見当たらないらしい。議会も全て欠席だ。一説には、グラールに監禁されているという話もある」


「本当か?」


 ヨハンは表情を厳しく、眉間に皺を寄せた。


「それについては、グラールに支部を持つ国家魔法使いの調査隊がで調べているところだ。だがヨハン、気をつけろよ、この件は何か裏がある。これは、私たちが思っているよりも遥かに複雑な迷宮だ。もしかしたら、出口はとんでもないところにあるかもしれない」


 まだ空に太陽の火が灯っていた頃、アンセムと交わした言葉を思い出しながら――――


 ヨハンは神妙な面持ちで夜空を眺めていた。


 吉兆(きっちょう)を告げる星が、一際妖しげに輝いていた。


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