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048 この私と、一戦交えることになってもか?

 突然のその言葉に、ヨハンを含め全員が、一斉にデッキの入り口に現れた男に視線を向けた。


 皆の視線を一身に浴びた男は、身に纏った鎖のコートを棚引かせながら、ヨハンたちの元まで足を進める。


 黒いコートの男が一歩近づく度に、全員が緊張感を強めて表情を強ばらせた。


「全く、君は本当に招かれざる客だよだ――――しかし、良く追ってれたね?」


 ヨハンは感心したように言って肩をすくめた。


「ロキを拘束した時、念のため“魔印(マーキング)”をしておいた」


 招かれざる客と呼ばれた男は、機嫌が悪そうに答える。


「まさか、この私が気づかないとは? 腕を上げたな、アンセム」


 ロキは関心したように言い、しかしその言葉にアンセムは答えず、一瞬、ロキを睨みつけた後、すぐにヨハンに視線を戻した。


「あの砲弾に細工をするとは考えたな? 完全に私の不注意だった。王都で一番危険な男に、凱旋式の“魔法玉”を作らせるなんて」


「まぁ、僕以上に美しい魔法玉を作れる魔法使いはいないからね」


「しかしヨハン、お前がこんなにも愚かな男だとは思わなかった。こんな意地汚いゴロツキ共とつるんで、お前は何をやっている?」


 アンセムはニーズホッグのメンバーを、冷たい視線で一瞥した。


「何だと?」


 その言葉を聞いた何人かのニーズホッグ・メンバーが声を上げ、アンセムに突っ掛かろうと一歩足を踏み出すが、ヨハンは直ぐさまそれを制止した。


「兄貴?」


 ニーズホッグのメンバーは、怒りの矛先をヨハンに向けた。


「アンセム――――“魔法省”でも一目置かれる魔法使いだ。その若さで魔法省を束ねる聡明なる調律師。この僕でも手ごわい相手だ。君たちが敵う相手じゃない」


 ヨハンは厳しい表情を浮かべて、荒ぶるニーズホッグメンバーに告げた。


「私がこの場にいると言うことは、どう言うことか分かるな――――ヨハン?」


 アンセムは凍えるような青い瞳でヨハンを見つめた。


「諦めろ」


 そして、アンセムは簡潔に述べた。


 ヨハンはただ黙ったままアンセムを見つめ、そして静かにその手を動かして、腰のアクセサリーへと運んだ。


「それが、お前の答えか?」


 ヨハンが手に取ったアクセサリーを笛に変えるのを見たアンセムは、残念そうに、しかし怒りを含んだ口調で尋ねる。


「ああ、そういうことだ」


「この私と、一戦交えることになってもか?」


 アンセムは念を押すように尋ねる。


 ヨハンは翡翠の瞳を細め、二人の間には冷たい戦慄が走った。


「ああ、君と戦うことになったとしてもだ。僕は何に変えてマリーを助け出す――――そのためなら、君とだって一戦を交えよう」


 ヨハンは決して揺るぐこのない決意を口にした。


 それを聞き終えたアンセムは無言のまま、海のように深い瞳を、青い炎のように揺らめかせた。


 そして、アンセムはゆっくりと手をあげた。


 その動作に、ヨハンだけでなくその場にいる全員が緊張感を高め、神経を尖らせました。


 しかし、アンセムは動かした手で顔を覆い、指の間からヨハンをのぞき込んだ。


「全く、お前という奴は?」


 アンセムは大きなため息をつき、がっくり肩を落とした。


 その予想外の言葉に、ニーズホッグのメンバーは拍子抜けしたように瞳を丸くしていた。まるで膨らませた風船を針でつついたような、そんな呆気に取られたような顔をしている。


 そんなニーズホッグのメンバーには見向きもせず、アンセムは真っすぐにヨハンの目の前まで足を進め、自分よりもかなり背の低いヨハンを見下ろす。その表情は先程までの厳しいものでなく、満ちた潮が引いたような、そんな穏やかな顔をしていた。


「お前のそういう所が、私は気に食わない」


 アンセムは吐き捨てるように言い、言葉を続ける。


「私の負けだ。全くお前には敵わないな。いいだろう、ヨハン――――どの道、王都の領空に現れた“アルバトロス”には、何かしらかの調査が必要だ。それに、私も“聖杯”をこのままにしておいて良いとも思っていない。お前がそこまで決意があるのなら、こっちは私に任せておけ。“魔法省”は私が何とかしておく。だから、お前は必ずマリーを助け出せ」


 ヨハンはその言葉に、無言で頷いた。


「すまない」


 アンセムは嫌気がさしたように口を開く。


「ふん、初めから分かっていたくせに白々しい奴だ。こんなことになるのなら、初めからお前に協力なんてするんじゃなかったな」


「君のおかげで、僕は生まれ故郷にも行けたし――――マリーにも出会えた」


 ヨハンは目の前の友を真っ直ぐに見つめて言葉を紡いだ。


「感謝しているよ。ありがとう、アンセム」


 ヨハンが頭を下げるのを見て、アンセムは意外そうに目を丸くした。


「まだ礼を言うには、早すぎだ。さっさと顔を上げろ、航空式の途中なんだろう?」


 顔を上げたヨハンの申し分けなさそうな顔を見て、アンセムは思わず零すように言葉を発した。


「変わったな、ヨハン。以前のお前なら、私に礼なんて言わなかっただろう」


 その言葉にヨハンは清々しい笑みを浮かべてみせる。


「出会いとは人を変えるものさ、それがどんな結末の出会いだろうとね」


 その後、二人はがっちりと握手を交わし、互いにこの作戦の成功と無事を願い――――


 再び別れた。


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