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046 この世界が、大いなる空もとに清浄であるように

「やってくれたな? 先ほどまでのあなたの余裕は――――そう言うことか」


 アンセムは自身の目の前で姿を変えた、背の高い黒づくめの男を睨みつけた。


「まぁ、そう言うことだ――――」


 黒づくめの男は表情を変えずに言った。


 黒づくめの男は、アンセムの刺すような鋭い視線に――――自らも鋭い視線で応酬した。


 刹那、二人の間には背筋の凍るような戦慄が走る。


 しばらく静寂の緊張が続いた後、徐にアンセムが口を開く。


「まさか、この私が全く気づかないなんて? 監視をされていたのは――――私だったと言うことか」


 アンセムは自身に落胆したように言う。


「あいつは、今頃“クライスト”の中――――空の上か、どうしたって追いつけるわけはないな? 完全にしてやられた」


「気にすることはない。私とヨハンは“血の契約”で結ばれている。魔力も、その波長も全く変わらない。気づかなくても当然と言えるだろう」


「慰めにもなっていない」


 アンセムは首を横に振りながら言葉を続ける。


「まさか、クライストを狙うなんて? これで、あいつは完全に“国家犯罪者”――――いや、世界的なテロリストだ。それを理解したうえで、この策に乗ったのですか――――ロキ?」


 大海原のような青い瞳を目の当たりにしても、ロキは僅かにも動じる事は無かった。


「私の相棒にとっては――――国家犯罪者や、テロリスト、それに魔法使いということでさえも、ただの(しがらみ)に過ぎない。アンセム、大いなる力には大いなる責任、そして代償が付く――――私の相棒は、それを果たそうしているだけだ」


「――――戯れ言をっ」


 アンセムはロキの言葉を遮った。


「いいか、そんな時代はとっくの昔に終わったんだ。古き時代の魔歩使いとは違うんだぞ? 今は魔法使いにだって法もあれば罰もある。あいつのやっていることは完全にそれを無視している。そして、私の仕事はそれを取り締まることだ――――この世界が、大いなる空もとに清浄であるように」


 そしてアンセムは次の言葉を強調するように、一旦間を置いた。


「ロキ、昨日の私の言葉を――――忘れてはいないだろうな?」


「ああ、覚えている。お前は、お前の仕事をすればいい――――だが、一つだけ言わせてもらおう」


 ロキも言葉を一旦止めて間を置き、次の言葉を強調する。


「“大いなる空”。ヨハンもよく使う古き言葉だ。私が昔に出会った魔法使いも、よく使っていた」


「何が言いたい?」


 淡々と言葉を述べるロキに、アンセムは苛立ったように口を挟むが、ロキは何事もないように言葉を続ける。


「お前たち“魔法省”や“国家魔法使い”の行っていることは、私には自分たちの空を狭くしているようにしか見えないがな」


 アンセムは侮辱されたように顔を歪めたが――――直ぐに表情を変えて、冷静に言葉を紡ぎ直した。


「貴方のような者に、この世ならざる者の存在に――――私たちの考えは理解できないだろう。幾星霜、悠久の時を過ごし、永遠とも言える命をもつ貴方には、私たちの世界は理解できない」


「そうでもない。この世界も、なかなか悪くはないものだ」


 ロキは感慨深く言って頷いた。


「さて、私の役目は終わったようだな。アンセム、悪いが時間が来た――――私はこれで失礼しよう」


「そう簡単に――――」


 アンセムは言葉を止めた。


 すでにロキの姿が消えていたからだった。


 まるで初めからそこに居なかったかのように、何一つ形跡や痕跡を残すことなく――――


 ロキは空間に溶けるようにアンセムの前から消えていた。


「――――空渡りか」


 そして、アンセムはロキの消えた空間を凝視していた。


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