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045 さぁ、行こうか――――第二幕の幕開けだ

 それは、魔法使いがアンセムに拘束される三十分前ほど話――――


 魔法使いとアンセムが“無憂魔宝宮(グリモ・サンスーシー)”の中に入って行くのを、確認したドーとマウスは――――待ってましたとばかりに行動を開始した。


 まずは持っていた無線機で、ホズに連絡をした。


「親びん、準備完了でい」


「――――作戦開始だ」


 その合図と共に、空に浮かぶ白い獅子の紋章が空中で形を変えていった。


 まるで水槽に流したインクのように紋章は空を漂い、次第にその形を魔法陣へと変えていった。


 はじめ、その紋章の変化を何か手の込んだ催しのように眺めていた大勢の人たちは、その魔法陣を見て次々と立ったまま眠りについてしまった。


「おっと、いけねぇ。あっしらもあれを見たら眠りについちまう」



 マウスは急いでみんなの待つ場所へ向かって行った。


 広い飛行場の滑走路、たくさんのドックが並ぶ飛行場の中を走りながら、ドーとマウスは一番大きくて厳重な十二番のドックへと向かって行った。


 分厚い三角屋根に、それよりも分厚い横開きの扉。


 ドックの扉はとても大きく、まるで城門ように見えた。しかし、その堅固な城門はすでに開いていました。扉には分厚い鎖の鍵が付いていましたが、鍵は全て外されていた。


 二人がドックの中に入ると、ドックの中では既にニーズホッグのメンバーが忙しなく動き回っていた。しかし彼らが動き回っている直ぐ後ろでは、縛り上げられ気を失っている大勢の人たちが一まとめにされていて、何やら物々しい雰囲気をかもし出していた。


 そしてドック内には、今回の目的とも言える飛空挺“クライスト”が――――眠りについた獅子のように厳かに佇んでいた。


 飛空挺クライストは、純白のボディに金のラインを入れたシンプルな外装を纏い、その直線的なフォルムは、どこか十字架を連想させるような神秘的な雰囲気を纏っていた。


 自らが開発に携わったとはいえ、クライストの持つ独特の美しさと神々しいぐらいの迫力に、ドーもマウスも息を呑み、瞳を奪われていた。


「おいっ、何を突っ立ってやがる。さっさと発進の準備をしねぇか――――時間がねぇんだ」


 トールのどなり声を浴びて我に返った二人は、直ぐさま発進の準備に取り掛かかる。


「おい、マッド、マーチと外を見張ってろ」


「了解」


「ヘヤ、必要なもんは全部積み込んだか?」


「完了です」


「チェシャ、ハッター、眠らせた奴らを安全な場所に移しておけ」


「了解」


「ホズ、天井を開いて、最終確認を済ましておけ」


「了解」


 トールとニーズホッグ・メンバーのテンポの良い会話に、ヨハンは上機嫌でクライストから顔をだした。


「首尾は上々ようだね?」


 クライストの正面――――鋭く尖った船首から延びるタラップを下りながら、ヨハンは鼻歌交じりに言った。


 そしてヨハンが降りてくると同時に、十二番ドックの天井が物音を立てて開き始めました。


「ああ、準備は万端だ。しかし、上手くいきすぎだな?」


 トールは腑に落ちないと言わんばかりの表情で言葉を発した。

 確かに、おもしろいように事は順調に運んでいた。


「なに、一番地と言っても所詮はこんなものさ。今日はたくさんの来賓や貴賓が訪れる。会場はごった返し――――だから、政府関係の蒸気トラックに忍び込めばすんなり入れるさ」


 ヨハンはドックの入り口に乗り捨てられた大型のトラックに視線を移した。

 そのトラックの中にも、気を失って眠りについているものが五人ほど縛られて放置されていた。


「それに、いくら無憂魔領域(グリモ・ガルド)に魔法の制限がかけらていると言っても、それは新たに魔法を使うために魔力を練り直した時のみ、それを関知して制限するもの――――予め魔力を練り、魔法を込めておけば、それは制限の対象から外れる」


 ヨハンは自信満々にそう言ってのけた。


「それに、ここを任された国家魔法使いも、所詮は上辺しか魔法を理解していない半人前。僕にかかれば、まぁ赤子の手を捻るようなものさ」

 

 ヨハンはドックの端に横たわる鎖のコートを纏った国家魔法使いに、哀れみの視線を向けた。


「まぁ、お前がそう言うんだから間違いはねぇだろう――――あっちのほうは大丈夫か?」


「ああ、問題はない」


 ヨハンは即答する。


 トールが気にしているあっちとは――――アンセムと共に無憂魔宝宮(グリモ・サンスーシー)に入って行った、ヨハンの偽物の事だった。しかし、それは一切の心配はないと、ヨハンはきっぱりと言い放って。


「さぁ、最後の調整といこう。もう魔力の充填は済んだ。あとは出発するだけだ」


 ヨハンは声高らかに言う。


「クライスト、第一エンジンから第五エンジンまで調整完了――――いつでも発進できます」


 絶妙に声をハモらせながら、ハンプティとダンプティがタラップを降りて来た。


「分かった、中で待機してろ。野郎共、さっさと乗り込め」


 トールは拡声器で出したような大きな声を上げる。ニーズホッグのメンバーは続々とクライストに搭乗して行く。最後に、船体に描かれた白獅子の紋章をニーズホッグの龍の旗印に描き直したホズも、クライストのタラップを上がって行った。


 全員がクライストに搭乗をしたのを確認して、ヨハンは口を開いた。


「トール、やっぱりハンプティとダンプティは、置いて行ったほうが良いんじゃないのか?」


「何を言ってやがる――――」


 トールは呆れたように言葉を続けました。


「おめぇがニーズホッグに魂を貸せと言った時から――――いや、お前がバグラに向かった時から、ハンプティもダンプティも、この大舞台に、おめぇの部隊に上がっちまってんだよ」


 トールは怒鳴り、それでいて(さと)すように言葉を続ける。


「おめぇが言ったんだろうが、もうこの舞台からは降りられねぇってよ? それに、ハンプティもダンプティもニーズホッグの一員だ。年齢が少しばかり低いぐらいじゃ降ろす理由にはならねぇ」


 ヨハンは天を仰いだ。


「そうだったな――――済まない」


「いいか、ヨハン――――たとえこの作戦が成功しようが失敗しようが、俺たちも、お前も、お尋ね者だ・ハンプティとダンプティを置いて行った所で、どの道、いつかは御用だろう。俺たちは、そういうレールに乗っちまったんだよ。ここにいる全員が、それを知っていてお前に付いて来てる。唯一、俺たちを終着駅まで導けるおめぇが、そんなんでどうする? しっかり前だけ見てろい。いらぬ心配はするんじゃんねぇ」


 ヨハンはトールの言葉に答えるように頷き――――翡翠の瞳を鋭く輝かせました。


「さぁ、行こうか――――第二幕の幕開けだ」


 漲らせた魔力を抑え込んだヨハンは、悠然とクライストへ続くタラップを上がって行った。


 飛空挺クライストの腹部――――そこに造られた広々とした“操船室”。


 全面を特殊なクリスタルで覆ったガラス張りの操船室には、既にニーズホッグのメンバーが席に座り、出航を今か今かと待ち侘びていた。


 いつもの瞳の色と同じ翡翠色のマントではなく、黒色の地に金と銀の刺繍の入ったマントを靡かせながら、ヨハンは操船室に颯爽と現れる。その表情には一点の曇りもなく、とても清々しく、そして覇気の溢れる勇ましい顔をしていた。


 そして、ヨハンは操船室の中央に設けられた大きな白銀の席に腰を掛け――――


「さぁ、出航だ」


 強い意志のこもった声を操船室に響かせた。


 その意志に応えるように、ニーズホッグのメンバーは即座に行動を開始した。


「第一エンジンから第五エンジンまで、異状無し」


 クライストが小刻みに振動を開始する。


「魔石機関、安定してます」


 ヨハンが補充した魔力がクライストに流れ込み始める。


「動力区間に問題なし」


 クライストに積まれた巨大タービンが回り始めた。


「エンジン始動開始」


 振動と共に、船体にエンジンの動く音が響く。


「クライスト、浮上」


 何かが回転する大きな音と共にクライストは宙へと浮き、そのまま垂直に浮かび上がって行った。


「左舷、右舷、前方確認」


 と、ホズ。


「左舷異状無し」


 と、チェシャ。


「右舷OK」


 と、ハッター。


「前方問題なしだ」


 と、トール。


「右翼、左翼、展開」


 と、再びホズ。


「右翼、左翼、展開完了」


 と、マッド。


「兄貴、発進準備整いました――――いつでも出れますぜ」


 ヨハンは頷いた。


 そして、翡翠の瞳を鋭く前方の空に向け――――口を開いた。


「これより、クライストはアルバトロスを追跡するため――――この船の最大船速でグラール帝国へと向かう」


 ヨハンはそこまで告げると一旦言葉を止める。そしてニーズホッグのメンバー一人一人を見つめてから、言葉を続けた。


「みんなに、ひとつだけ言っておく。君たちは、僕の翼だ。どんなことが起ころうとも、僕をアルバトロスまで連れて行ってくれ。だが、約束しよう――――僕たちは、誰一人失う事なく、再びこの大いなる空に再び戻って来ると」


「おー」


 ヨハンの発した誓いの言葉に、ニーズホッグのメンバーは空を突き抜けそうなくらいの大声で応えてみせた。


 その言葉を満足そうに受け止めたヨハンは、席の真横に取り付けられたコンパスとログに目を落とし、声高に告げる。


「クライスト――――出航だ」


 クライストは発進した。


 空気の壁を突き破り、空を切り裂くような凄まじいスピードで――――


 クライストは空を駆け抜けた。


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