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030 私はマリーの笑顔が大好きだ

 ヨハンのアジトの扉がゆっくりと開いた。


 机の上で耳を立てて寝ていたロキは、起き上がる様子も来訪者を気にする様子もなかった。ロキは紫色の瞳を片方だけを開いて、来訪者を鋭く睨みつけました。


 部屋の中に入って来た来訪者は、おぼつかない足取りでロキの目の前に腰掛け、まるで助けを求めるように視線を向けた。


「どうせ見ていたんだろう――――何も言ってくれないのかい?」


 来訪者は自らを嘲るように言う。


「私に何か言って欲しいのか? お前の都合の良い言葉を語るほど、私は優しくはないぞ」


 ロキは厳しく言い放つ。


「わかってる――――わかっているよ」


 来訪者は手を広げて天を仰ぐ。

 そしてどうしようもなさそうに顔を歪め、自らに言い聞かせるように言葉を発する。


「そんなことは分かってるんだ――――でもロキ、僕はどうしたらいい?」


 今にも泣き出しそうな表情の来訪者は、ロキに助けを求めるように尋ねた。


「ヨハン、彼女はもう限界だ。お前が心を開かなければ、彼女はきっと戻っては来ないだろう。彼女を守れるのは、お前しかいないのは理解しているはず――――彼女が聖杯を手にした時から、彼女の運命は決まってしまっている。決意ができていないのなら、ここで引け」


 ロキは淡々とした口調で言葉を発する。

 冷たく鋭い、氷の刃でできたような言葉に貫かれ、ヨハンは苦痛の表情を浮かべた。


「ヨハン、お前一人でどうにかできるほどこの問題は甘くない――――もう幕引きだ」


「手を引け――――マリーを見捨てるのか?」


 ヨハンは声を荒げる。


「ああ、そうだ。この“凱旋式”に乗じて、魔力を隠した者たちが王都に入って来ている。“グラール”かの手のものかは分からないが、相当の力の持ち主たちだろう」


 ロキは起き上がると、紫の瞳はさらに鋭くヨハンを睨みつけた。


「マリーが来てから常に彼女の周りを探り、この部屋から王都全域に魔力を張り巡らせていたのも――――これで終わりだ」


 ロキは言葉を荒げることなく、淡々と紡ぐ――――


「今、張り巡らせている“魔力の網”にかかった者たちは、確実に聖杯が目的だろう。ヨハン、そんな揺らいだ心で彼女を守れるのか? いや、無理だ。だったら、彼女を見捨てろ。そんな浮ついた気持ちで彼女を持て余しているのなら――――いっそ“魔法省”に全てを話し、彼らにマリーを守ってもらうほうが、幾分もマシだろう」


「――――ふざけるなっ」


 ヨハンはロキの言葉を遮るように立ち上がり、ロキを怒鳴りつけた。


「マリーを見捨てろだって? 見捨てられるわけないだろう。彼女がもしも誰かの手に落ちたのなら、彼女に命がないのを知って言ってるのか? それは“魔法省”だって同じことだ。聖杯の為なら、どんな手だって使うだろう」


 ヨハンは鋭い視線でロキを射抜く。


「僕らの――――いや、僕のせいで、マリーを巻き込んでしまったんだ。守ってみせるさ。まだ、幕引きじゃない。最後の台詞まで幕は降りない。僕が、マリーを絶対に守ってみせる」


 いつもの飄々(ひょうひょう)とした態度でなく、憤然と声を発するヨハンの表情は、先ほどの情けなく、今にも泣き出しそうなものではなく、決意と自信に満ちていた。


 ヨハンのその表情を見たロキは、とても穏やかに瞳を緩めて、呆れたようにため息をついてみせた。


「分かっているなら、さっさとマリーの元に向かえ。わざわざ、この私に確かめる必要はないだろう?」


「ロキ?」


 ヨハンは感謝するように表情を緩めた。


「すまない、相棒――――迷惑をかけた」


 ヨハンは困ったように笑ってみせた。


「お前の迷惑は、今に始まったことじゃないだろう?」


「ああ、そうだった」


 ヨハンは振り返り、マリーを探しに出ようとする。

 そんなヨハンの背中に、ロキは穏やかな声をかけた。


「ヨハン、私はマリーの笑顔が大好きだ」


「僕もさ」


 ヨハンは雨の降る灰色の町へ、颯爽と駆け出した。


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