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023 あなたの髪の毛、切ってあげましょうか?

「やっと起きたかい? よく寝るねぇ」 


 マリーはボサボサの頭に手櫛を入れながら、緑のストライプの部屋着姿で、ヨハンとロキの前に現れた。


「おはよう」

 

 マリーはあくびをしながら、二人を見た。


 ヨハンはいつもは結んでいる髪の毛を解いていて、長い銀色の髪を肩の先まで垂らしていた。白いクタクタのシャツにゆったりとした麻のパンツを履いて、こうして見ると、ヨハンは普通の少年とちっとも変わりらないように見えた。


 マリーが扉を閉めて部屋に入ると、ヨハンはちょうど良かったと言わんばかりにマリーの起床を歓迎した。


「今、ロキとマリーの作った料理を食べようとしていたんだ。だけど、どうしたらいいか分からなくて、マリーが起きてきてくれて助かったよ」


 マリーは(いぶか)しげに台所を眺めた。


食器やら鍋が散らばっていて、更には火を使った形跡もあった。きっとヨハンなりに奮闘したんだとマリーは察し、あえて結果を尋ねようとはしなかった。


「わかったわ。少し待ってて」


 マリーは気だるそうに言って洗面所に行って顔を洗い、髪の毛に櫛を通して、頭と顔をすっきりさせた。そしてヨハンにもらった髪飾りで髪を纏めてから、マリーは朝食の用意を始める。朝食とは言っても太陽はとっくに上っており、時間としては昼下がりだった。


 マリーはまずヨハンが散らかした台所を片付けてから、昨日の子牛のトマト煮込みを再び鍋の中で温めはじめた。しばらくすると、部屋の中にはトマトとオリーブオイルの良い匂いが充満し、ヨハンはおなかをぐーと鳴らした。マリーも昨日から何も食べていないので、もうお腹がペコペコだった。


 マリーはロキの分を熱くなり過ぎないところでお皿によそり、パンと一緒に机まで運んだ。


「マリー、僕の分はまだなの? お腹が空きすぎてどうにかなりそうだよ」


「もう少し待ちなさいよ。せっかちね」


 ヨハンはロキの皿に盛られた子牛のトマト煮込みをおいしそうに眺めた。


 マリーは鍋の中に火が通ったのを確認して、ヨハンと自分の分をお皿に盛りつけた。


 ヨハンは待ちに待った子牛のトマト煮込みをおいしそうにがっつき、マリーはその光景を気持ちよさそうにに眺め、そして自分も食べはじめた。


「いやー、マリーの料理は本当においしいね。店でも出したらどうだい?」


 ヨハンは最後の一口を平らげ、口の周りにトマトソースをつけながら歓喜の声をあげた。


「お世辞を言っても何もでないわよ。さ、片付けるからお皿を運んでちょうだい」


 マリーはくすりと笑って立ち上がり、ヨハンも自分とロキの分の食器を運びはじめた。


「お世辞じゃなくて賛辞だよ。僕は心ないことは言わない主義さ」


 マリーはヨハンのお世辞を心地よく聞き流し、洗い物をはじめた。


 マリーが洗い物をしている最中――――ヨハンは分厚くて大きい革張りの本を広げて、何やら小難しい顔をしていた。その革張りの書物はとても古そうで、ところどころ汚れていたり、虫に食われた箇所があった。


「何を読んでるの?」


 洗い物が終わったマリーは、昨日の買い物のとき買っておいたオレンジジュースを用意して、ヨハンの目の前の椅子に腰掛けた。


「少し“聖杯”のことで気になっていてね。そんなに必至に覗いても、マリーには読めないよ」


 首を伸ばして本の中を覗こうとするマリーに、ヨハンは釘を刺すように言った。


「“ルーン文字”ね」


 それを聞いたヨハンは、顔を上げて顔にかかる髪の毛をかきあげた。


「さすがマリー、よく勉強しているね」


 ヨハンは皮肉っぽく言った。


「ええ、退屈しなくてすむわ」


 ヨハンはマリーの言葉には答えず、髪の毛を首の後ろで結んで再び分厚い本に瞳を落とした。


「ねぇ、あなたの髪の毛、切ってあげましょうか?」


 マリーは、ふと思いついたかのように言った。

 それを聞いたヨハンは、顔を上げて訝しげにマリーを見つめた。


「君が? もしかして悲惨なことになったりするんじゃない?」


「失礼ね。これでもオベルアル卿の館で働いていた時は、よくみんなの髪の毛を切ってあげてたのよ」


「評判はよかったのかい?」


「もちろん」


 マリーは満面の笑みを浮かべて自信満々に答えた。


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