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022 国家魔法使い襲来

 再びマリーが目を覚ました時には、太陽はもうずいぶんと高いところまで上っていた。


 しかし、日差しはまだ路地の隙間を埋めるまでには伸びておらず、辺りはまだ薄暗かった。澄んだ空気は適度に水分を含んでいて、森閑とした静けさにマリーは身震いをしながら辺りを見回した。


 箒はもうヨハンのアジトの目の前で、今直ぐにでも地面に着地しそうな時だった。


「もう、ついたの?」


 マリーはあくびを噛みころしながら言った。


「なんだ起きたのか。ずっと眠っていてくれればいいのに」


 ヨハンは振り向きながら言い、マリーに箒から降りるよう視線と顎で指示をした。マリーが箒から降りると、ヨハンはいつも通り箒をアクセサリーに変えて腰に戻した。


「ねぇ、ヨハン、その腰につけてる他のアクセサリーって、箒以外にもなるの?」


 ヨハンの腰に付いている他のアクセサリー――――牙の形をした青い水晶や、銀細工のダガー、鍵の形や釣り針の形ををした(おもり)、他にも十字架や骸骨、月、星など色々な形をしたアクセサリーが、鎖に繋がれていて、マリーはそれに視線を向けた。


「まぁね。言ってみれば商売道具さ。さぁ、さっさとアジトに入ろう――――」


 ヨハンはマリーの会話をひらりとかわして、階段を上ってノブの上に書かれたルーン文字に手を当てて、ゆっくりと獅子のノブを握った。マリーもヨハンの後に続き、彫像に守られた階段をおぼつかない足取りで上った。


 ヨハンはノブを捻る瞬間に何か違和感を感じたのか、眉間に皺を寄せた。


「やれやれ、全く。今日は招かざる客が多い」


 ヨハンは小声で(わずら)わしそうに言った。

 その言葉は、マリーには届いていなかった。


 ヨハンはそのまま扉を開けて部屋に入り、マリーもそれに続いて部屋に入る。

 部屋に入ると、マリーは直ぐに部屋の中に誰かがいることに気がついた。


 ヨハンが言った“招かざる客”は、部屋の真ん中に置かれた大きな木の机に腰をかけていた。

 部屋に明かりが灯っていないせいで、招かざる客の顔や容姿を確認することはかなわなかった。


 マリーは少し後ずさりして、背中からヨハン様子を見守った。


「全く、お国の“伝書鳩”がこんな時間に何のようだい?」


 ヨハンは面倒臭そうに言って指を鳴らした。


 すると、とたんに部屋に明かりが灯り、机の上に腰を下ろした男の顔が明らかになった。


 ヨハンに伝書鳩と呼ばれた男は、高い鼻に、堀の深い目元。細く釣り上がった目には、青玉(サファイア)のような青い瞳があしらわれていた。細く鋭いナイフのような顎にはホクロが二つ、ちょうど薄い唇の下の辺りについていた。そして金色の髪の毛を全て後ろに撫でつけ、黒いロングコートを羽織っている。その黒いコートには、鎖やベルトがたくさんついていた。


 マリーは男性の服装を見て、着にくくて重そうなコートだと思った。


 コートの右胸には、“白銀の鳩”の刺繍(ししゅう)がしてあった。


 部屋に明かりが灯ると、男は音を立てて机の上から降りた。男はとても長身だった。小柄なヨハンと比べると、まるで年の離れた兄弟のように見えた。


 マリーは人間に変身していた時のロキよりも大きく見え、少しずつ近づいて来る男をまじまじと見上げて眺めていた。


「こんな時間まで待たせておいて、ずいぶんな言い草だな? お前こそ、国にあだなす“カラス”のくせしてあまり勝手ばかりやっていると――――“魔法省”に訴えるぞ」


 マリーは男の言葉に驚いた。


 今さっき、箒でここまで飛んで来たことがバレたのかと思ったのだ。しかしそんなマリーの心配とは裏腹に、ヨハンと金髪の男は強く握手を交わした。


「戻って来てたのか? あっちでくたばったかと思ったよ」


 ヨハンは皮肉交じり言ってみせた。


「ふん、くたばってたまるか。お前こそ、仕事がなくて困ってるんだろう?」


 金髪の男は嬉しそうに陽気な声を上げた。


「忙しくて困ってるくらいさ」


「よく言う、また空賊のゴロツき共とつるんでいたんだろう? こっちはロキと二人で退屈だったぞ」


「まぁ、そんな所だね」


「退屈ですまなかったな」


 机の上で黒い団子みたいに丸まっていたロキがむくっと起き上がり、二人の様子を心配そうに見つめているマリーの足元までやってきた。


「マリー、空賊のアジトは楽しかったか?」


 ロキに言われ、マリーは少し考えてから口をひらいた。


「ええ、とっても楽しかったわ」


 笑顔のマリーを見た金髪の男は、そこで初めてマリーを認識したように視線を釘づけにした。


「彼女は誰だ?」


「彼女はマリー。僕の助手さ」


 ヨハンは適当に言葉を流した。

 もうヨハンの対応に慣れたのか、マリーは助手と言われたこと聞き流した。


「よろしく、マリーよ」

 

 マリーは自己紹介をしてぺこりと頭を下げた。


 金髪の男はマリーの前に立ち、手を広げて自己紹介を始めた。


「私はアンセム。“国家魔法使い”で、今はこの国の政府機関で働いている。君は魔法使い? それにしてもヨハンが助手を雇うなんて珍しいな。よっぽど優秀なのかな?」


 アンセムと名乗った国家魔法使いは、上からじっくりと観察するようにマリーを眺めた。


 アンセムもヨハンと同じく不思議な雰囲気を纏っていた。魔法使いは、みんな独特な雰囲気を持っているんだなとマリーは感じ、アンセムの吸い込まれるような雰囲気に呑みこまれてしまいそうだった。


「君は、国家魔法使いの試験は受けないのか? 今時“カラス”じゃやっていけないよ」


「おいおい、お前はマリーを口説くためにやってきたのか?」


 話を続けようとするアンセムに、ヨハンは鋭く釘をさしてみせる。

 それを聞いたアンセムは、口の端を大きく釣り上げてニヤリと笑った。


「ほう、お前のお気に入りってことか?」


「そういうことだ」


 ヨハンは面倒臭そうに言って、椅子に腰をかけた。

 そんな様子のヨハンを見て、アンセムはマリーに耳打ちするように言う。


「気をつけたほうがいい、ああ見えてヨハンはやり手だ。君みたいにかわいい子には、特にね。食べられないようにしっかり気を持たなきゃダメだ」


「ありがとう。参考になったわ」


 マリーはくすりと笑い、笑顔でガブリエルに答えた。


 アンセムはマリーを背にしてヨハンの目の前まで向かい、鋭く青い瞳を光らせた。

 その光りは、少し怒りを含んだような瞳だった。


「じゃあ、またな」


「ああ」


 二人は別れの挨拶を交わして、ガブリエルはマリーに見えないように、ヨハンに紙のような物を渡して扉まで向かって行った。そしてガブリエルは扉の前で振り返り、思い出したように言葉をつけ足した。


「頼まれていた例の物は、出来上がっているんだろうな?」


「もちろんさ」


 ガブリエルは頷いた。


「後、五日後の“凱旋式”には必ず参加するようにとのことだ――――忘れるなよ?」


「ああ、わかった」


 ヨハン忌ま忌ましそうに天を仰いで、額に手をついた。そして視線を机の上のロキに移したが、ロキはとくに反応を示さなかった。


「じゃあ、マリー、また」


 ガブリエルは笑顔で言って、マリーに手を振った。


「ええ、またね」


 マリーも笑顔で手を振り、ガブリエルを見送った。


「不思議な人ね、あなたのお友達なの?」


 扉が閉まったのを確認してマリーが言うと、ヨハンは机の上で眠りについていた。


「疲れたのだろう。しばらく寝かせてやれ」


 ロキは机の上で体を団子のように丸めていた。そしてヨハンはいびき一つ立てずに、すらすやと眠っていた。眠っていながらも崩れることのない整った顔立ちに、マリーはしばし見とれ、初めて目にするヨハンの寝顔に、悪戯でもしようかと思いついた。


 しかし、マリーは大きくあくびをして、自分自身も眠くてしかたがないのを思い出した。マリーは自分もさっさと眠ることにした。


 マリーは本棚の部屋から余っている毛布をヨハンにかけてから、自分も真っ白なベッドで眠りについた。


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